京都 拾得 野村麻紀さんのこと【2022年5月 世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ 挿絵/waca

https://tvbros.jp/setapon/

「ピンポンズ君、『花束みたいな恋をした』観た?」

一年ぶりにお会いした野村麻紀さんはいつものように、あいかわらず自分から全然しゃべらない僕に気を遣って率先して話しかけてくれた。

「ごめんなさい。まだ観ていないんです」

野村さんに久しぶりにお会いして、なんだか恥ずかしかった僕はぼそぼそと答えた。

「えー。ピンポンズ君とあの映画の話したかったのに」

「すいません。レンタルビデオになったらきっと観ますね」

ライブが終わり、野村さんは店をあとにした。

コロナ禍になってから、打ち上げがなくなった。お酒の力を借りればもっと喋れるのに。そう思っても、いまはライブができるだけでもありがたいのかもしれない。どうせきっとまたすぐ会えるだろう。そう思った。

野村さんは酒飲みだったけれど、いつも去り際が見事だった。どんなに盛り上がっているように見えても、ある一瞬ピタッと飲み終えると、さっとお金を払ってそのまま帰るのだった。一方でツイッターのタイムラインには彼女が一緒にいる人に全てをゆだね、ぐでんぐでんになっている姿が流れてくることもあった。打ち上げで相手に絡んでちょっとした口論になったり、心底楽しそうに深更までお酒を飲んでいる姿を見たことも何度もあった。酔いつぶれた彼女をタクシーに乗せたこともあったけれど、去り際が美しい時は誰よりもしゃんとしていた。僕よりも仲の良い人は数えきれないくらいいたし、僕は彼女に気を遣わせてばかりだったから、もちろん野村さんの本心など僕に分かろうはずがない。とにかくお酒を飲んでいる野村さんは楽しそうで、奔放で、何より幸せそうだった。そんな人間臭いところが周りから好かれていた。

 

八年前に僕は京都にやってきた。ちょうど二枚目のアルバムをリリースし、これから京都でどうやって活動していこうか、考えていた時期だった。まず東京にいる頃から憧れていた拾得というライブハウスに行ってみようと思った。拾得では「飛び入りライブ」という日があって、その日は誰でもステージに上がることができるのだった。十七時半の開店に合わせて店に行くと、数人が列を作っていた。時間になると扉が開いて、黒いエプロンをつけた店員の女性が立っていた。野村さんだった。

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