渋谷・渋谷公会堂に流れる大地讃頌と隣の空席【2022年1月 世田谷ピンポンズ連載「感傷は僕の背骨」】

文/世田谷ピンポンズ 題字イラスト/オカヤイヅミ 挿絵/waca

 

大好きなバンドのライブが開かれる渋谷公会堂を目指して幼馴染と二人、公園通りの坂を登っていくと、もうすでに遠くのほうから「日本発狂! 日本発狂!」という掛け声がうっすらと聞こえてきた。

その場に居合わせた者同士が何の打ち合わせもなしに、呼吸を合わせシュプレヒコールを上げる光景を想像し、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げる。と同時に、会ったことのない「同志」が集っているその場所に一刻も早く行かなくてはならないという変な高揚感もあった。幼馴染に気づかれぬようにそっと足を早める。

渋谷公会堂は普段そのバンドが演奏している、観客で店内がパンパンになるようなライブハウスとは違い、クラシック音楽をゆったり静かに聴くようなホールだった。

激しいパフォーマンスが売りのバンドはここで一体どんなステージを見せてくれるのだろう。楽しみでしょうがない。

会場のBGMは友部正人さんの「空が落ちてくる」。このバンドのボーカルのこういうセンスが好きだった。音楽をジャンルではなく、音楽そのものとして包括的に摂取する。そういうところにずっと憧れていた。

 

開演のアナウンスと共に暗転。

「大地讃頌」が流れ、メンバーが1人ずつ舞台袖から歩いてくる。

ドラム、ベース、ギター。それぞれがゆっくり楽器の位置に立つ。

まばゆい光の中を最後にボーカルが中央のマイクスタンドの前にやってくる。

ディストーションが空間を切り裂く。お客が一斉に立ち上がり、パンパンの渋谷公会堂が揺れた。みんな椅子一個分のスペースの中で泳ぐ、飛ぶ、跳ねる。我を忘れて踊る、叫ぶ。憧れのステージはいつも眩しくて、手が届きそうにない。光の中で無数の影が揺れる。どんな場所も自分たちのものにしてしまうそのバンドが羨ましかった。

隣の席は一個だけぽっかりと空いている。

 

数年後、宮益坂を登った途中にある地下のライブハウス。僕は演者としてそこにいた。

一組目。普段は激しめのパンクバンドのボーカルをやっているというその男は安っぽいアコースティックギター片手に全裸で出てきた。気持ち小さめの粗末なアコギがかろうじて股間を隠している。お客さんは僕の友達と、京都からツアーに来ている女性歌手の知り合いだけ。いつもそうなのか、お客さんがいないからそうなのかは普段の彼の音楽を知らないので何とも言えないが、男は半ば自棄のやんぱちといった風情で乱雑な音楽をひとしきり弾き語ると、すたすたとステージを後にした。

次に出てきたのは、前者とは真逆のテクニカルなタイプの弾き語りの青年だった。カポタストを二個使い(ふつうは一個)、いま思い出してもよく分からない独特な演奏をリハの時からしていて、ちょっと楽しみだった。しかし、ニヤニヤと出てきた彼もまた全裸だった。

お客のいない状況を甘く見、それをいいことに「全裸の天丼」という最高に面白い(と彼は思った)ことをやってのけたという顔をしていた。

ギターのテクニカルさと上滑った全裸が全くマッチしていない。一体、何を見せられているのだろう。最高にぶん殴りたかった。その甘えにやついた顔が、開演前にお客のいないフロアを見て、ため息を吐くと同時に変な安堵感を持った情けない自分を見ているようでやるせなかった。

 

三人目の演者も男性で、その次は自分である。このまま三人目がこの悪しきノリを継承し全裸で出てきたらと思うと背筋が凍った。自分もそのノリに抗える自信がない。普通やベタを嫌悪しながら、何よりもその場の空気が読めない奴と思われることを恐れていた。

三人目の演者がニヤニヤと出てくる様子が頭に浮かぶ。

その演者はちょっとした知り合いで、偶然普段から「ニヤニヤ」という言葉を歌にも使うほど「ニヤニヤ」にこだわりがあった。大丈夫だろうか。

何より、自分が全裸になってへらへらステージに上がる姿を想像したくなかった。

 

「断ち切ってくれ!」

 

会場が暗転し、青年がステージに上がる。

服を着ている!

そんな当たり前のことが嬉しい。

空気を読めない奴だなあという雰囲気が場に一瞬立ち上がった気がしたが、すぐ消えた。

彼は鈍色の空気を断ち切り、自分のステージを全うした。

それにしても自分の考え過ぎだったのだろうか。彼には葛藤があったようにも見えなかった。自分の仕事を淡々とこなす彼は素晴らしかった。

しかし、その日の僕のライブは散々だった。

観に来てくれた友達だけを喜ばせようと急遽披露した友達のバンドの適当なカバーは全裸天丼と同じくらいダサい身内ノリだった。

ノルマを払う時間、ライブハウスの店長らしき男に「僕には君のやりたいことが分かるよ」と言われた。

何が分かるというのだろう。

いつも自分に負けてばかりだった。

ギターを背負って、友達と宮益坂をとぼとぼ下る。

冬だった。

 

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