【2021年9月号 爆笑問題 連載】『歌』『親ガチャ…失敗?』天下御免の向こう見ず

<文・太田光>

 男は、まっ暗なスタジオの端っこの床に座っていた。そこは世界の端っこのようだった。
 もう何時間、こうしているだろう。いや、待てよ。何時間ところじゃないんじゃないか? 何日?……何カ月?
 息を潜め、隠れるように。見つからないように。
 ずっとここにいる気がする。
 視線の先にアンプが見える。ギター。キーボード。ドラム。ベース。マイクスタンド。ヘッドフォン……。
 ふと、男の口からかすかなメロディが漏れた。何の歌ってわけじゃない。今思いついたメロディ。メロディと言うより、うめき声のようだった。
 天窓から光が差し込んで木の床を照らしている。これから何をしよう。俺の居場所はどこだろう。ぼんやりと、ずっと考えている。
 外の世界は今どうなってるんだろう。
 東京オリンピックがとっくに終わったことは知っている。他のことはあまりわからない。
 男はずっと情報を遮断していた。
 自分に向けられる言葉は全て刃のようだった。全人類が、お前の顔は見たくないと言っていると感じた。お前の声も聞きたくない。お前の言葉も知りたくない。お前の存在も感じたくない。お前の歌も聞きたくない。
 生きていることはいつか誰かに許されるのだろうか。
 喉が渇いていることに気がついて、まだ俺は生きていると思った。
 ふと、さっきのメロディを思い出し、口ずさむ。
 優しい歌が作りたい。
 誰が僕の歌を望むだろう。涙が出るわけでもない。怒りが込み上げるわけでもない。しばらく笑ってもいない。
 この先何が出来る?
「ケケケ」
 ヘンテコリンな声がして、見ると奇っ怪で白い小さな動物が笑っていた。
 耳が長くてウサギのようだが、顔は完全ネコのウサギネコだ。ネコが俺を笑っている、と、ぼんやり思う。
「失礼ニャ! おれはネコじゃニャイ! ウサギだニャ!」
 不思議なはずだが不思議とも感じなかった。そんなこともあるだろう。
「おまえ、まだかっこうつけてるニャぁ」
 かくされた悪を注意深くこばむこと。
 そんな言葉が浮かんだ。誰かの詩だった気がする。
「おまえはこのまえ、世間に言い訳をしたんだニャ。もう発信してるニャ。いまさらかっこうつかニャイニャ。ケケケ」
 確かにそうだった。
 男は少し前、久しぶりに雑誌のインタビューを受けた。過去の出来事について、過去の自分について、説明をし、謝罪をした。
「おまえは世捨て人を気取ってるけど、世間と繋がろうとしてるんだニャ。ぶざまだニャぁ。ケケケ!」
 不様。
 確かに不様だった。こうしてずっと床の木漏れ日を見つめているだけの自分。
「教えてやるニャ。人間はぜんいんぶざまだニャ。おれが今まで会ってきた人間は、ぜんいん、ぶざま。だニャ。そこがおれ達ウサギとは、大ちがいだニャ。ケケケケ」
 ふと、世界のことを考える。今もどこかで兵士が傷ついているだろうか。今もどこかで、産声が挙がっているだろうか。ブランコは揺れているだろうか。地球は回っているだろうか。
「ケケケ、本当におまえは気取ってるニャぁ」
 ここにいて、いいのだろうか。どっかに行こう。どこに行こう。
「望まれる歌じゃニャイとつくらニャイのか?」
 望まれる歌?

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