「社会に弾かれた」とネガティブだった自分を変えた『ヤングガン』平尾隆之 第1回【連載 アニメ人、オレの映画3本】

アニメーターの足立慎吾さんがバトンを渡したのは、演出家&監督の平尾隆之さん。足立さんがキャラデザイナーとして参加し、現在ロングランを続けている『映画大好きポンポさん』の監督を務めている。

果たして、平尾さんの「3本」は⁉ では、語っていただきましょう! 平尾さんによる映画イラストも必見です!

取材・文/渡辺麻紀

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<プロフィール>
平尾隆之(ひらお・たかゆき)●1979年香川県生まれ。アニメーション演出・監督・小説家。アニメーション制作会社を経て、『劇場版 空の境界 第五章 矛盾螺旋』(2008年)で監督デビュー。また、最新監督作『映画大好きポンポさん』(2021年)が公開中。手掛けた主な作品にテレビアニメ『GOD EATER』(2015~2016年)、映画『桜の温度』(2011年)、映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』(2013年)などがある。

映像がとても雄弁に、エモーショナルになったスローモーション

――足立さんから「平尾さんも映画は大好きです」とお伺いしています。

映画はとても好きでよく観ています。でも、マニアというほど観ているわけじゃない。それでもいいですか?

――もちろんです! 3本を挙げていただきたいのですが、最初の作品はどれになりますか?

小学生の頃に観た『ヤングガン』(1988年)です。

それまでも映画は観ていたと思うんですが、タイトルをちゃんと憶えている作品がない。その一方で、当時の人気OVAをTVでオンエアしていた「アニメ大好き」というローカルの番組で、『THE八犬伝』(1990~1991年)や『御先祖様万々歳!』(1989年)、『迷宮物件』(『トワイライトQ迷宮物件FILE538』<1987年>)、『バリバリ伝説』(1986年)等を観ていて、アニメの面白さにはちゃんと気づいていたわけだから、おそらく『ヤングガン』に出会うまでは、いい映画というか、心に残るような作品を観てなかったんだと思います。

――『ヤングガン』は1988年に製作された青春ウエスタン。1979年生まれの平尾さんはまだ9歳ごろのときに公開されたことになります。なので、もしかしたら初めてのTVオンエア等でご覧になったのかもしれませんね。ガンファイト等がかっこよかったんでしょうか?

いや、そういうのではなくて、今こうやって監督となった僕に大きな影響を与えた作品ですね。

当時の僕は吃音だったので、学校でみんなとうまく喋れなかったんです。友だちが出来ないし、からかわれたこともある。そんなとき、僕が抱いたのが「社会に弾かれた」という感情。まだ小学校の低学年にもかかわらず、そんなネガティブな感情を抱いていたんです。そういうときに観たのが『ヤングガン』だった。衝撃を受けたのは終盤のシーンです。

追い詰められたビリー・ザ・キッドたちが家に立てこもると、悪徳保安官たちはその家に火を放つ。そこで、みんな次々といろんな荷物を窓から放り投げ始めるんですが、そのなかの衣装箱にビリーが入っていて、飛び出しながら銃をぶっ放す。その瞬間から最後までがスローモーションなんです。

僕はそのスローモーションに鳥肌が立った。その状況にぴったりだったし、とてもエモーショナルに感じたからです。

――スローモーションと暴れん坊のビリー・ザ・キッドの組み合わせにシビれたんですね?

そうなんです。ほら、この映画に登場するビリーたちって、アウトローと言うかマイノリティですよね? 寛大な牧場主が、そういう行き場を失った青少年たちを集めて自警団を組織し、“家族”を作ってくれたにもかかわらず、悪徳保安官の一派がその牧場主を殺してしまう。ビリーたちは復讐のために立ち上がったのに、いつの間にか危険分子というレッテルを貼られてしまうんです。

そういう悪徳保安官や、自分たちの本当の姿を理解しようとしない世間に対して一矢報いたのが、あのシーン。その瞬間をスローモーションで撮ることで、ビリーの抱えていたさまざまな想い、世間や社会に対する不満や憤り、それらをあの一撃に託したかったという熱い想い、そういう感情があのスローモーションのなかにすべて入っているように感じたんです。つまり、スローモーションにすることで、映像がとても雄弁になったと思ったんですよ。

――なるほど。

僕の作品を作る上でのテーマというのは、マイノリティがマジョリティに対して一矢報いるというものなんですが、その原点がこのビリーのスローモーションなんです。このシーンは本当に刺さりました。なので「好きな映画3本」と言われたときは、まず『ヤングガン』を入れたいと思ったんです。

――スローモーションだったからよかったわけで、もしこのシーンが普通の撮り方だったら、そこまで刺さらなかったと思いますか?

やはりスローモーションだったからだと思います。とてもドラマチックに見えたし、それまで普通に流れていた時間が一気に引き延ばされ、その時間のなかにキャラクターの感情がすべて入っている感じ。集約されていると言ってもいいかもしれない。

この影響で、自分がスローモーションを使う場合は、そのキャラクターの感情をドラマチックに表現したいときと、すっかり刷り込まれちゃってます(笑)。

――『ポンポさん』でも使っていましたね。

女優志願のナタリーと監督志望のジーンがすれ違うシーンですね。スローから早回し、それからまたスローというのをやっています。

『ポンポさん』のまえ、ゲームの『GOD EATER』シリーズでスローモーションを多用したんですが、「話を引き延ばそうとしている」とか「作画が間に合わなかったところをスローモーションでごまかしている」とか、散々でした(笑)。

いや、スローモーションのほうがより手間がかかるんだよ、と言いたかったけれど、なかなか伝わらない。今のお客さんにはスローモーションはあまり響かないのかなって。

――前回の足立さんもおっしゃっていましたが、アニメーションの場合、多くの人がどの表現に手間がかかっているのかが、よく分かってないようですね。スローモーションも止まっているわけではなく動いているのに、手抜きと勘違いする。ゆっくりした動きのほうがより作画が必要で手間がかかっていますよね。

そうなんですけど、そういうことを言う機会も場所もない(笑)。

『ヤングガン』のおかげで…

――今のお話だと『ヤングガン』のラストだけですが、そこに至る前半はどうだったんでしょう?

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