『すばらしき世界』の素晴らしさを町山さんと語り合う【大根仁 2021年3月号 連載】

おおね・ひとし●映像ディレクター。3月5日~3月15日まで、舞台『マシーン日記』(作:松尾スズキ 演出:大根仁 主演:横山裕)をロームシアター京都にて上演中。ドラマ『共演NG』がParaviひかりTVにて配信中です。

映画『すばらしき世界』があまりにも素晴らしくて、誰かと感想を言い合いたくなり、町山さんとLINEのやりとりをした。

と、書けばネット上で何かとホットな町山智浩さんを思い浮かべるかもしれないが、妹の放送作家・町山広美さんとである。

『すばらしき世界』は、西川美和監督×役所広司主演という時点で、傑作になることが自分の中で確定していたが、それを遥かに超えるクオリティーであり、西川美和監督の最高傑作、そして役所広司の新たな代表作になったと思う。

少し個人的な話をすると、一昨年、NHK大河ドラマ『いだてん』の撮影が終盤を迎えた頃、スタジオ前室で役所さんと駄話をしている中で、「これが終わったら次は何を撮るんですか?」という話になった。

「西川美和監督なんだよね」
「マジすか! ヤバいじゃないすか。どんな役ですか?」
「うん、まあ……」

役所さんは何かを誤魔化すかのように軽く笑って、この会話は終わった。今思えば「まあ……」に、色々な含みがあったと思う。役所広司最大の魅力は、ものすごくシンプルに言ってしまえば“役そのものになりきる”ということなのだが、そのなりきりのレベルが破格なのだ。

『いだてん』で演じた柔道&日本スポーツ界の父・嘉納治五郎の実物は、役所広司とは似ても似つかない、朴訥とした顔立ちで背丈も小柄だった。だが、メイクを施し、衣装を身に付け、撮影現場に一歩足を踏み入れた瞬間、役所広司から嘉納治五郎に入れ替わる。大袈裟に聞こえるかもしれないが、共演する役者たちも、我々スタッフも、そこにいるのはタイムスリップしてやってきた嘉納治五郎本人としか思えなくなるのだ。

『すばらしき世界』もまたスクリーンに映っていたのは、役所広司ではなく、元殺人犯で懲役13年で出所した男・三上正夫そのものであった。あの時の「まあ……」は、日本スポーツ界の父から一転、元殺人犯のヤクザになりきることへの静かなる準備が始まっていたからなのかもしれない。

役になりきるだけならば、その技術に長けた役者は他にもたくさんいる。役所広司がそれら並のなりきり役者と一線を画すのは、周囲を引き込む力だ。劇中、出所した三上の周辺に現れる者たち……身元引受人の橋爪功、生活保護を担当する役人の北村有起哉、スーパー店員の六角精児、ドキュメンタリー番組ディレクターの仲野太賀ら、超ベテラン・中堅・若手と皆経験豊富な演技巧者&バイプレイヤーばかりだが、誰もがキャリア中ベストではないかと思うほど役そのものにしか見えないのは、もちろん西川美和監督の絶妙なさじ加減の演出やスタッフの力も大きいが、役所広司演じる三上に惹き込まれているからだと思う。オレは『いだてん』の現場で何度もその力を見せつけられた。

【役所広司がもう可愛くて可愛くて!】

町山広美さんからのLINEの第一声はこれだった。なりきり力、吸引力、もうひとつ役所広司の魅力をあげると、それは“チャーミング力”だ。演じるのが偉人であろうと、武将であろうと、軍人であろうと、市井の人であろうと、そして三上のようなどうしようもない暴力衝動を持つヤクザであろうと、役所広司が演じると人間臭い可愛げが漂う。未見の方も多いと思うので、映画自体の詳細は避けるが、町山さんとのやりとりで終盤に小道具として使われる“花”についての言及が面白かった。

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