7月19日に「少年ジャンプ+」(集英社)にて掲載された読み切り作品『ルックバック』。人気作『ファイアパンチ』『チェンソーマン』(ともに集英社)を手掛けた漫画家・藤本タツキの最新作ということもあり、公開前から注目を集めていましたが、作品そのものから発せられるヴォイスと随所に散りばめられた多くの仕掛けがSNS上で大きな話題に。1日で120万人を超える読者が閲覧し、早くも今作を収録した単行本が9月3日に発売されることが発表されました。多くの謎が議論を生む今作を「沈黙」というテーマから読み解きます。(※記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれています。気になる方は注意してお読みください。)
文/ふぢのやまい
人はいろいろな理由で物語を書く。いろいろなことがあって、いろいろなことを祈る。
そして時に小説という形で祈る。この祈りこそが奇跡を起こし、過去について希望を煌めかせる。ひょっとしたら、その願いを実現させることだってできる。物語や小説の中でなら。
舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる。』[1]
むずかしい…。このマンガは本当にむずかしい。作品が公開された直後、私の周囲や各分野の著名人の多くが絶賛したと共に「よく分からない」「解説がほしい」というコメントもSNS上には溢れていた。私自身、感動はしていたがその困惑する気持ちも理解できる。身体が勝手に(それこそラストシーンの藤野のように)涙を流しつつも、あらすじを説明することなど自分には到底不可能な、いったいなにがどうしてなんだか分からない、にもかかわらず涙が出てしまう事態に困惑していた。
その分かりにくさの一つに、主人公二人の見分けがつきにくいことが挙げられる。物語の序盤に、快活な短髪少女・藤野が半纏を着たモシャモシャ髪の不登校児・京本と学級新聞に掲載される4コマ漫画を通じて出会う。だが終盤のifパートにおいては、その髪の長さは逆転している。ささやかにほくろの黒点が打たれていることで認識はできるものの、二人は互いに黒髪であり、『チェンソーマン』で見受けられる強烈なキャラ性は抑制されている。そして二つ目に過去と現在を行き来するあの物語上の仕掛けの複雑さがあるだろう。いったいどこからどこまでが実際に起こったことなのか、一読しただけではかなり把握しにくい。また公開直後に盛り上がった最終ページと最初のコマによる『“Don’t” Look Back “In Anger”』という符号、度々挿入される4コマが画面を占有することも単純な読みを妨げること、などなど様々な謎本を誘発するような作品自体のつくりも今作をめぐるSNS上での盛り上がりに拍車をかけたことだろう。
要するに「非常に複雑で、一読しただけでは分かりにくい作品」であり、絶賛派否定派ともにこれは否定し難い事実であるとおもう。私自身、Oasisの『Don’t Look Back In Anger』に限らず数多くの劇中で提示される小ネタたち、京本によって描かれる様々な背景画が藤本タツキの過去作品からの引用であること、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、峠哲兵の漫画『もぐら少年』(藤野と京本の連名ペンネーム「藤野キョウ」名義の読切作品として同名タイトルで物語中に登場)といった固有名詞群にも一読して気づくことはできなかった。
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