藤谷千明「推し問答!」発売記念トークショーレポート

2月17日、『藤谷千明 推し問答! あなたにとって「推し活」ってなんですか?』の発売を記念したトークイベントが開催。この本はフリーライターで自身も「オタク」である藤谷千明さんが、12名のオタク趣味を持つ女性たちに「推し」「推し活」事情を聞いた対談集。

イベントではゲストにライター・文筆家の西森路代さんを迎え、公開インタビューを行いました。今回はイベントの内容の一部をレポート。話題の映画『成功したオタク』に関連したトピックも飛び出した濃厚な90分になりました。

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取材&文/東海林その子

トークイベントは、これまでの対談でも最初に聞かれている「あなたにとって〈推し〉ってなんですか?」という質問からスタート。西森さんは「昔、やれることは全部やった」「すべてが遠く感じる」と振り返った上で、「幻、蜃気楼のようなもの」と答える。
西森さんのオタ活の始まりは1990年代のミニシアター。松山のテレビ局で働いていた頃に香港映画にハマり、監督や俳優が来日すれば各地の映画祭に行き、特に熱中していたときには「1年間で5回香港に行くのを2年繰り返した」という。今では推しに会いに行くために国内や海外に遠征するのが当たり前にようになっているものの、当時はめずらしいこと。

(左から)藤谷千明さん、西森路代さん

 

また当時は香港で舞台などを観に行くと、俳優や監督と食事をしたり、コミュニケーションを取る機会も一部ではあったそうで、推しの俳優ができた瞬間に「いつか会えるかも」と英語と広東語を猛勉強。すると1年後、実際に会える機会があり、その頃には英語でも広東語でも意思疎通ができるようになっていた。ちなみに当時それほどに西森さんを突き動かした推し俳優はのちに引退し、2〜3年前にニュース番組で民主活動をしている一般人として映っていたのを発見したという。

 

その頃のコミュニティの作り方について、「会社のパソコンのニフティサーブを休み時間に使わせてもらったり、家でも23時からの“テレホーダイ”を利用してネットサーフィンをし、そこで知り合った人と映画祭などで会ったりしていた」と西森さん。パソコンもデータ通信もまだまだ一般的ではなく、オタクは隠すものと思われていた当時、そういったツールを使って集うのはまさにオタクの中のオタク、“ガチオタ”だ。また西森さんは上京後に「年上の友人に家探しについてきてもらった」と話し、藤谷さんも「お金のなかった頃に黒夢ファンのお姉さんから喪服を借りたことがある」そうで、書籍の中でも語られていたオタクたちが推しをきっかけに人間関係を形成するというのは、今も昔も変わらないようだ。

 

上京後、西森さんは派遣社員として働いたのち、単発で編集の仕事を見つけたことをきっかけに編集プロダクションで契約社員に。2000年代始めには友人たちが台湾のドラマ、映画にハマっていき、最初は突っぱねていたものの『花より男子』でF4を演じた俳優のヴァネス・ウーがアクション映画に出たり、歌ったりダンスをする姿を見たことで新たな世界に飛び込んでいく。アクション、ダンス・音楽は西森さんにとって現在の推しジャンルである、LDHや韓国エンタメにも通じる部分だ。当時は、F4を一目見たいと思っても仕事が忙しくて叶わなかったが、そこから経験が浅いながら台湾作品のムック本を作ることになり、「オタクの経験があるし、オタクの友人も協力してくれるからできるだろう」とスタートすると、2号目でヴァネス・ウーが表紙を飾ることになり、「自分の目の前の生活を大事にしていたら遠回りに見えて、近道になることもあるんだなと思った」と振り返る。

 

その後フリーライターになった西森さんは「食べていくには台湾だけでなく、韓国の仕事をしないと難しい」とラジオでアジアのエンタメを伝える仕事をしたり、現在に繋がるきっかけとなる、韓国ドラマのあらすじをまとめる原稿やイベント取材の仕事を重ねていく。その中でSNSや雑誌で自分の意見、考えを文章にする仕事もだんだんと増えていくが、自作のファンサイトで文章を掲載していたときとは違い、仕事として発信するときの心境は、「ひとつのことにそこまで情熱が続かなくなったというのもあったけど、ジャンルやシーン全体を長期的に眺めるような気持ちが強くなった」という境地に変化したという。

 

ここで、最近の「ファン自体がコンテンツになってしまう」ことも話題に上がるWEBでも雑誌でもタレントやアーティストについて“ファン目線で”解説する記事がよく見られるが、西森さんはそれをファンの方が褒めてくれると嬉しい反面、「『愛情がある』と言われることに複雑な気持ちを抱くことがある」と話す。十数年前であればファン目線での文章は「ブログでやれ」「こんな文章でお金をもらうなんて」などと批判されていたが、推し活が当たり前になったことで「現在は“ファン目線”やファンという存在自体がコンテンツになり、マネタイズされることが当たり前になっている」と藤谷さんは指摘。

 

そして西森さんも藤谷さんもオタ活で大事なのは「程度問題」だと話す。
3月30日に公開される韓国のドキュメンタリー映画『成功したオタク』では、推しが犯罪者になってしまったオタクたちを映し出しているが、西森さんは過去にブログで「好きなものと心中する必要はない」と書いていたそうで、推しに対しても「幻滅した気持ちは持っていい」と考える。ただし「加担している」とまで思い詰めなくてもいいのでは?という気持ちもある、と藤谷さんは考えるそう。それに対し西森さんも同意しつつ、「大きなことが起こる前に、ファンダムの訴えにより問題の芽に気付き、運営側が変化するということもあるのでは」とも語る。


映画『成功したオタク』場面写真

 

一方で藤谷さんはヤンキー的な縦社会があったとされる90年代ヴィジュアル系バンドのファンをする中で、当時は武勇伝のように語られていた破天荒なエピソードに対して「若いヴィジュアル系ファンの子に『それってパワハラじゃないですか?』と聞かれて、彼らを非日常の存在として捉えていたため、そう思ったことは一度もなかった。自分の中で考えを改めるきっかけになった」と話す。そして時代とともに価値観がアップデートされていく中で、「変われない人を切り捨てていいのか」という難しさも抱える。
また、ファンをやめたい時が一番やめられない、やめたいと悩んでいるときが一番関心が強いとも言えるので、「そんな心情をドキュメンタリー映画という手法で昇華しようと試みたのが『成功したオタク』なのかも。『成功したオタク』のように映画を撮るというのはハードルは高いかもしれないが、誰かに会って話を聞いてみて、自分でZINEやブログにまとめるとかもいいのでは」(西森さん)「いっそ映画だとかSNS以外の他の表現方法をとってみては?」(藤谷さん)と力強いアドバイスが客席へ送られる一幕も。

 

映画『成功したオタク』場面写真

 

ここからトークショーを現地、そしてオンラインで見ている人からの質疑応答へ。ひとつ目の質問は「昨今の推し活ブームと加熱、搾取のようなビジネスモデルの多発を見て、己の生き方がそこに加担しているようで戸惑っています。言葉で訴える以外に、伝えていく方法のヒントはありますか」。西森さんは「昔は運営に文句をつけることはよくないと言う人も多かったけど、怒る・訴えることはすべてが悪いことではない」と回答。「私の推しはいわゆる3枚目よりのビジュアルで、その人らしいセンスの服をよく着ています。その人のあり方を否定したくはないけど、一般的にカッコいいとされるコーディネートをしてほしいと思うときがあります。推しを都合よくコントロールしたい欲求との付き合い方について教えてください」という質問には、「コントロールしたい欲求とも言えるかもしれないけど、これはファンのリクエストの範疇なのでは?『普段の服もいいけど、こっちも似合うと思います』……のような伝え方をマイルドにするとか」と藤谷さん。

 

会場からの「あくまで自分の観測範囲ですが、私の好きなジャンルでは『公式の言うことが絶対』という空気が根強いです。そういうファンダムと批判ができるファンダムの違いは何でしょうか」という質問には、「公式がファンの意見や批判を迷惑だと思っている空気が滲み出ていると、保守的に応援せざるを得ない。もうちょっと意見を言ってもいいと感じます」と西森さん。また「これまでは意見を飲み込むことが多かったけど、自分たちの権利がないがしろにされていると感じたときは言っていいと思う人がちょっとずつだけど増えた。実際に少しずつでも変わっていっている雰囲気が伝わると、意見が言いやすくなる」とオタク側、運営側の変化も感じている。藤谷さんは「『自分たちは批判できるファンダムだ』(キリッ)と信じすぎてしまうのも怖いこと。それが反対に推しをコントロールしたい欲求に行ったら歯止めが効かなくなるかもしれない。やはり程度問題」と考える。

 

最後の質問は「推し活に男女の差、違いがあると感じますか」。藤谷さんは「はっきりとした違いは可処分所得の差」「とあるマンガで、好きなバンドを追いかけてる頃は女性は妻でも母でもなかったというセリフがあった。女性が役割から解放される場面としての推し活は、昨今のブームの背景にあるように見える。反対に男性のオタクだって多いけれど、男性って世間から期待される役割から一瞬でも降りることに抵抗がありそう」と話し、西森さんは「女性は自分の生活にフィードバックした話をすることが多いけれど、男性は年代によっては自分を出すことを抑えられてきたこともあり、自己開示するまでに段階が必要な人も多い気がする」と過去の経験から違いを語る。今回の書籍で登場したのは結果的に全員女性というのもあり、藤谷さんも「いつか男性にも話を聞いてみたい」とイベントを締めくくった。

 

トークイベント終了後、2人に感想を聞くと「普段自分のことはあまり話さないけど、推し活を通すと自分のことを語れるんだなと思いました」と西森さん。藤谷さんは「今や推し活で海外に行くのは普通ですけど、90年代半ばに女性ひとりが推し活で香港に行くのは相当根性がないとできないこと。今回のお話で穏やかな西森さんの根性の片鱗が見えました。また改めて、その人の好きなものの遍歴を聞くと、同時に人となりも見えてくるなと感じます」とイベントを振り返った。

トーク中にも出てきた映画『成功したオタク』は3月30日公開。おふたりもコメントを寄稿する予定なので、合わせてチェックを。

3月30日(土)より シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
配給・宣伝:ALFAZBET
https://alfazbetmovie.com/otaku

『藤谷千明 推し問答! あなたにとって「推し活」ってなんですか?』
●発売中
●定価:1,650円
●発行:東京ニュース通信社
●Amazon https://x.gd/gpWIR
●honto https://x.gd/632XZ
●セブンネット https://x.gd/ti2yJ

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