去年何聴いた?今年何聴く?/青木優【2022MUSIC特集】

2021年、どんな音楽を聴きましたか? 音楽ライターの皆様に、昨年よく聴いた楽曲と、今年注目している楽曲やアーティストについて執筆いただきました。あなたの生活に寄り添い、心に機微や彩りを与えてくれる音楽との出会いが今年も訪れますように。全5回の連続企画でお届け!

 

文/青木優

生活に追われている。日常に追われまくっている。最近そんな感覚が、強くある。

 

というのはお金とかだけの話じゃなくて、やらなくちゃいけないこと、こなすべきことが多いから。とくに年末からこっちは子供の体調が安定しなくて、病院に何度も連れて行ったり、どう対処すればいいのか困ったりで、思いっきり振り回された。そんな中でも取材の日程や締め切りはやってくるし、区役所や銀行に用事はあるし、もろもろの支払いや申請が、請求書だって送らないといけない。買い物だって、図書館の返却期限だって。田舎の親が元気なのは幸いです。

 

そういえば不調だった子供の付き添いをカミさんに託して向かった日のGLAYのライヴはすごく良かったな…。コロナ禍をはじめ、シリアスな現実を唄いながら、それでも生きていくことを唄う彼らの音楽が僕の重苦しい心に響いて、刺さって、おかげで何度も泣いた(感染症対策で隣の席が空いてたので誰にも気づかれず)。

 

思い返せば若い頃はCDを聴いてライヴに行って、日常のイヤなことから開放され、心を高ぶらせたり爽快な気分になったものだった。しかし生きれば生きるほど日常の比重はどんどん大きくなって、その重みから逃れられないという事実を痛感する。昔、「クソつまんねーな」と思ってたあの日常というやつは、大人になってからは、またちょっと違った顔をして、すぐそばでデンと鎮座している。

しんどいことや不安になることが起こるとそれだけで気持ちが消耗し、エネルギーが減退する。アガったりバカ騒ぎしたりはどうでも良くなった。それどころか、当たり前の、平凡な生活が平和に、なるべく穏やかに進んでいってほしいと願っている(これが難しいんだけど)。それはもちろん、家族のためにも。

生きていくことは、イコール、責任を増やすことに近いと、日々、感じている。20代の頃に「青木さんって生活感ないですよね」と言われたことがあったけど、今はその生活感の湖底でモゴモゴもがいてる感じ。

 

しかし、だからこそ、そんな日常に何かを喰らわしてくれそうな音楽を求めている部分もある。至るところに埋まっている問題を蹴散らすような。

 

 

https://open.spotify.com/album/1rZqx6qtD2fUnYGpFQgNCa

自分にとって昨年のアーティスト・オブ・ザ・イヤーはドミコである。彼らのサウンドは凝り固まった日常にヒビを入れる。

最新アルバム『血を嫌い肉を好む』では、タイトル曲や「猿犬蛙馬」みたいなアッパーな曲のほうがロックファンのウケはいいだろう。間違いなくこれまでの最高作だ。ただ僕は、これもドミコの変異形態のひとつに過ぎないと思う。そして、さかしたひかるは何かにやすやすと組み込まれるような人ではない。

このバンドは年末のツアーも良かったが、自分としては5月の横浜ベイホールでの360°ライヴが完全に異空間に叩き込まれたかのようで印象深い。それにしても、関係性の近いTempalayも含め、数年前にゆるゆるのライヴをしていた彼らがここまで躍進するとは、大したものだ。

 

日本のメジャーシーンでは、藤井風が『紅白』で旋風を巻き起こし、Vaundyが着実に支持を広げたのが記憶に新しい(そういえば去年行った数少ないイベントであるGREENROOM FESTIVALでのVaundyのステージが、自分がSuchmosのHSUの姿を見た最後になったな…)。あと、マカロニえんぴつの最新作には、『服部』~『ケダモノの嵐』期のユニコーンに匹敵するほどのすさまじさを感じる。

 

ほかにROTH BART BARONが脚光を浴びたのはうれしかったし(アイナ・ジ・エンドとのA_o名義の「BLUE SOULS」は鮮烈だった)、カネコアヤノの武道館ライヴも良かった。神聖かまってちゃん、ドレスコーズ、清 竜人、ソウル・フラワー・ユニオン、ザ・コレクターズなどなど自分が傾倒する孤高のアーティストたちが奮闘し続けているのは心強い。折坂悠太や青葉市子も充実した活動を見せたし、4s4kiのようなトガった才能の動向も気になる。トリプルファイヤーは、新作アルバムが届く前に吉田くんが本を3冊も出したことに驚いた。

 

そして2021年のトピックとしてはオリンピックとパラリンピックの開閉会式での音楽が脳裏に残っている。とくにパラ開会式の聖火点灯でNujabes、No.9、クラムボンの音楽が流れたことには希望のようなものを感じた。FPMの田中知之、あなたの仕事が優秀だったこと、忘れないです。

 

そんなふうに楽しみが多いのは事実だが、世界の動きに目をやると、どうしても日本はガラパゴス化をたどっている事実を感じる。いや、こうした傾向はずいぶん昔からあって、それが日本の音楽の個性にもなっていたし(70年代からのシティポップがこの10年ほどで世界中から評価された背景には日本的な折衷主義の魅力があったはず)、また洋楽と邦楽との乖離にしてもずっと言われてきたことではある。ただ、この流れがコロナ禍によってさらに加速していないかが気になるのだ。日本円が低いままの現状もあって、海外に行った経験のない人は増えていそうだし(かく言う僕も長らく行けていない…物価の違いに驚くだろうな)。

で、こうして日本と海外という見方をすること自体が珍しいくらい、日本国内の流れは閉じた状況にある気がする。ガラパゴスで完結して何が悪い?と、みんなが割り切ってるかのような。そんな中でBTSがコールドプレイからのアプローチを受けてコラボを実現させたのは大きな出来事のように感じた。

https://open.spotify.com/album/39McjovZ3M6n5SFtNmWTdp

コールドプレイのクリス・マーティンはコロナ禍の困難の中に韓国までBTSに会いに行って、彼らと交流し、この歌を完成させた。韓国をはじめとしたアジアのカルチャーは世界レベルに目を配っていて、BTSもさまざまなジャンルやカルチャーとのハブ的な存在になっている。そして今回接近してきた相手がコールドプレイで、ここまでのクオリティのポップソングが生まれるとは…いろいろと感じることの多い共演だった。

ところでコールドプレイの今回のアルバム『ミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ』に関連して、去年秋に原宿で催しがあった。それは小さな場所での短めのイベントで、もちろん本人たちは不在ながら、主に映像でビデオやダンスを楽しむものだったのだが、そこで僕は下手くそなダンスを踊りながら「ひさびさにリアルの現場での洋楽体験だなあ」と思ったものだ。

というのはこの2年、海外アーティストのライヴがまともに行われていないからである。例外は去年のフェスのSUPERSONIC、それからキング・クリムゾンの来日ツアーぐらいで、僕個人は一昨年の2月から洋楽のライヴをまったく見れていない。去年9月に予定されていたblack midiのチケットは払い戻しをしていないし、この2月のジョナス・ブルーや4月のギルバート・オサリバンは本当に来れるのだろうか。数年前にはクイーンの映画の大成功以降、洋楽カルチャーがポップな形で広まっていくムードがあったのに。

 

しかしそこで、まるで希望の星…まさに彗星のように登場したのがイタリアのバンド、マネスキンだった。僕も去年このバンドの魅力に目覚めたひとりである。

この記事の続きは有料会員限定です。有料会員登録いただけますと続きをお読みいただけます。今なら、初回登録30日間は無料キャンペーン実施中!会員登録はコチラ