映画星取り:ヨルゴス・ランティモス × エマ・ストーン! アカデミー賞11部門ノミネート の話題作『哀れなるものたち』【2024年1月号映画コラム】

今月の星取りは、第96回アカデミー賞にて作品賞、監督賞(ヨルゴス・ランティモス)、主演女優賞(エマ・ストーン)、助演男優賞(マーク・ラファロ)など11部門にノミネートされた『哀れなるものたち』をピックアップ。
「今月の推し」では、星取りレビュアーのお三方がプッシュする作品を紹介いたします。
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆そのほかの映画特集はこちら

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※次回は1月31日(水)19時ごろ~の生配信を予定しています。詳しくはX(@tvbros) で告知していきます。

【お悔み】
映画評論家のミルクマン斉藤さんがご逝去されました。星取りレビュアーのお一人として、映画への深い愛情と知識に裏付けられた原稿を長年にわたり執筆していただきました。TV Bros.では、今回の星とりが最後の原稿となります。心よりご冥福をお祈りします。


<今月の評者>
柳下毅一郎
やなした・きいちろう●映画評論家・特殊翻訳家。アラン・ムーア+ジェイセン・バロウズのクトゥルー・コミック、『プロビデンス Act2』(国書刊行会)が発売中。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。

 

ミルクマン斉藤
みるくまん・さいとう●京都府出身・大阪在住の映画評論家。

 

地畑寧子
ちばた・やすこ●映画ライター。世代的には『ふぞろいの林檎たち』ですが、思い出深いのは『藍より青く』と『岸辺のアルバム』。山田太一さん、心打つ数々の名作ありがとうございました。

『哀れなるものたち』


監督:ヨルゴス・ランティモス 原作:アラスター・グレイ(『哀れなるものたち』〈早川書房刊〉) 出演:エマ・ストーン マーク・ラファロ ウィレム・デフォー ラミー・ユセフ ほか(141分/23年/イギリス)

●『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督と、エマ・ストーンが再びタッグを組み、アラスター・グレイの小説『哀れなるものたち』を映画化。自ら命を絶った若き女性ベラは、天才外科医によって奇跡的に蘇生する。蘇ったベラは「世界を自分の目で見たい」という思いに導かれ、放蕩者の弁護士ダンカンの誘いに乗り壮大な大陸横断の冒険の旅へ出る。2023年べネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。

1月26日(金)全国公開

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

 

柳下毅一郎

爽快なフェミニズム奇譚

男性の欲望から生み出された無垢で無力な怪物が、己の欲望を知り、それにどこまでも忠実であることで、彼女を利用しようとした男性たちを破滅させ踏みつぶす。そのとき本当に「哀れなるもの」となるのは誰なのか?という話である。素っ頓狂に走りまわるエマ・ストーンはこれまでのどの映画よりも魅力的だし、世にも奇怪なメイクで登場するフランケンシュタイン博士ことウィレム・デフォーは妄執にとらわれた男の恐怖と哀しみを味わわせて絶品だ。ちっとも湿っぽくならず、最後までケラケラと笑い飛ばしながら駆け抜ける爽快感が最高!

★★★★★

 

ミルクマン斉藤

ランティモスらしいブラック・コメディ。

フェミニズムの響きがする、話だけ取れば結構まともな話なんだが、そこはランティモス。周りを埋め尽くすガジェットが18世紀後半らしき物語にもかかわらず異常だ。空にはケーブルカーや円盤らしきものが浮かんでたり、何よりマッド・サイエンティスト(傷だらけの顔で演じるウィレ ム・デフォー怪演)の作り出した獣鳥合成のペットたちや、エマ・ストーンの蘇生術に『フランケンシュタイン』の匂いがする(「私はあなたのクリエイション」なんて台詞もある)。エマが見る「外の世界」の展開は言わぬが花、ってもんだろう。プロデューサーも兼ねたエマの快演も素晴らしい。

★★★★★

 

地畑寧子

簡潔で爽快な物語に昇華

視点(主にマックス)がいりくんだ原作に魅入られたくちなので、映像化は想定外だった。が、視点を一つ(ベラ)にすれば、こんなにも簡潔で生命力に溢れた作品に生まれ変わるんだと感服。舞台をグラスゴーからロンドンに変えてもゴスな世界観や主張はきっちり踏襲しているのもさすが。通念を踏み越えていくベラ役のエマ・ストーンの振り切った演技もさることながら、バクスターの特殊な生い立ちを語らずとも醸しだすウィレム・デフォーには改めて舌をまいた。惜しむらくは、名優といえどもマーク・ラファロはダンカンのイメージではなかった。

★★★★半

第96回アカデミー賞では11部門でノミネートされている。


<今月の推し>

柳下毅一郎…「死刑囚表現展2023」

死刑囚アートの創造性

「死刑囚表現展」は「死刑廃止のための大道寺幸子・赤堀政夫基金」の主催で毎年おこなわれている美術展である。日本の死刑囚官房に入っている死刑囚たちによる絵画や文芸作品(俳句、詩から小説まで)のうち、美術作品を展示して広く見せるイベントだ。今年は井上孝紘(大牟田一家殺し)の立体作品とグラドルのクリアファイルを使った刺青アートが出色だった。画材もインスピレーションもない中で発揮される創造性にはいつも驚かされるのだ。

『死刑囚表現展2023』
開催期間:2023年11月3日(金)~5日(日)
松本治一郎記念会館
現在は終了

 

ミルクマン斉藤…『瞳をとじて』

ぜひストーリーを知らずに観るべき!

なんと31年ぶりの長編だという、寡作の名匠ビクトル・エリセ。彼はというと詩的で静謐なイメージがあるが、前者はとかく、主演俳優の失踪により中断された作品の、その男優の生死を巡る一種のミステリであるし台詞も多い。またそれは登場人物たちの記憶を辿る物語でもあるのだ。あの当時5歳だった『ミツバチのささやき』(これもまた『フランケンシュタイン』へのオマージュ)のアナ・トレントが出演しているのも嬉しいところ。

監督・脚本:ビクトル・エリセ 出演:マノロ・ソロ ホセ・コロナド アナ・トレントほか(169分/23年/スペイン)
●スペインの巨匠、ビクトル・エリセ監督作。元映画監督と、謎の失踪を遂げたかつての人気俳優。ふたりの記憶を巡るヒューマンミステリー。

2月9日(金) TOHO シネマズ シャンテ 他 全国順次ロードショー

配給:ギャガ
© 2023 La Mirada del Adiós A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.

 

地畑寧子…『白日青春-生きてこそ-』

名優アンソニー・ウォンの面目躍如

天涯孤独の窮地に立たされていく難民の少年ハッサンと彼を生かそうと奔走するタクシー運転手・白日の交流を描いたほろ苦いヒューマンドラマ。題名は袁牧の詩「苔」より(主人公二人の名前も)。大陸からの不法移民だった白日が背負った香港の歴史、ハッサンが身を置く香港のムスリム・コミュニティの様相もリアル。白日を演じたアンソニー・ウォン(黄秋生)は金馬奨(台湾アカデミー賞)主演男優賞を受賞。彼の前作『淪落の人』(18)もぜひ。


監督・脚本:ラウ・コックルイ 出演:アンソニー・ウォン サハル・ザマン(111分/22年/香港・シンガポール)
●香港の名優アンソニー・ウォンが主演し、孤独なタクシー運転手と難民の少年が心を通わす姿を描くヒューマンドラマ

1月26日(金)よりシネマカリテほか全国順次公開

PETRA Films Pte Ltd© 2022
配給:武蔵野エンタテインメント株式会社

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