TV Bros.WEBで毎月恒例の映画星取りコーナー。今月は「第95回アカデミー賞」(2023年)で主要6部門(作品賞、監督賞、主演女優賞など)にノミネートされた、トッド・フィールド監督、ケイト・ブランシェット主演作『TAR/ター』を取り上げます。
『ブロス映画自論』では、人工知能(AI)の活用を巡って揺れる映画界や、銀座腕時計店に押し入った強盗が着用していたマスクについてなどなど、今月もバラエティ豊かにご紹介!
(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)
◆そのほかの映画特集はこちら
◆第95回アカデミー賞・言いたい放題大放談! 柳下毅一郎 × 渡辺麻紀
動画生配信企画『アカデミー賞授賞式中も大放談!』も!
<今回の評者>
渡辺麻紀(映画ライター)
わたなべ・まき●大分県出身。映画ライター。雑誌やWEB、アプリ等でインタビューやレビューを掲載。ぴあでは『海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔』 を連載中。また、押井守監督による『誰も語らなかったジブリを語ろう』『シネマの神は細部に宿る』『サブぃカルチャー70年』等のインタビュー&執筆を担当。最新刊は『押井守の人生のツボ 2.0』。
近況:『還魂』の“ 坊ちゃま” 沼にハマっています。折田千鶴子(映画ライター)
おりた・ちづこ●栃木県生まれ。映画ライター、映画評論家。「TV Bros.」のほか、雑誌、ウェブ、映画パンフレットなどで映画レビュー、インタビュー記事、コラムを執筆。TV Bros.とは全くテイストの違う女性誌LEEのWeb版で「折田千鶴子のカルチャーナビ・アネックス」を不定期連載中。
近況:『波紋』パンフレットに寄稿。仏映画祭で取材した『午前4時にパリの夜は明ける』『幻滅』『それでも私は生きていく』、すご~く面白い応援作が続々公開中。森直人(映画ライター)
もり・なおと●和歌山県生まれ。映画ライター、映画評論家。各種雑誌などで映画コラム、インタビュー記事を執筆。YouTubeチャンネルで配信中の、映画ファンと映画製作者による、映画ファンと映画製作者のための映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを担当。
近況:5月公開作は『デスパレート・ラン』『私のプリンス・エドワード』『波紋』『クリード 過去の逆襲』の劇場パンフに寄稿しております。
『TAR/ター』
監督・脚本・製作/トッド・フィールド 出演/ケイト・ブランシェット ノエミ・メルラン ニーナ・ホス ジュリアン・グローヴァー マーク・ストロング
(2022年/アメリカ/159分)
◆世界最高峰のオーケストラのひとつであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。彼女は天才的な能力とそれを上回る努力、類まれなるプロデュース力で自身を輝けるブランドとして作り上げることに成功する。作曲者としても、圧倒的な地位を手にしたターだったが、マーラーの交響曲第5番の演奏と録音のプレッシャー、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者の死から、彼女の完璧な世界が少しずつ崩れ始めるのだった。
5月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
© 2022 FOCUS FEATURES LLC.
配給:ギャガ
渡辺麻紀
今年のナンバーワン映画! だと思う。
何を描こうとしているかを徐々に解き明かして行くスタイルの映画は、その種明かし部分が肩透かしの場合が多いのだけれど、本作はそれも素晴らしかった。ドキドキしながら観続けて、最後に大きな感動を用意してくれていたのだ。上映時間は長いが、それをモノともしない脚本の構成力もハンパない。マジで凄いよ、トッド・フィールド。いまのところ、本年度の暫定一位!
★★★★★
折田千鶴子
天才の孤独とエゴと欲望
実名の絡ませ方が超大胆! ホント何でも出来ちゃうケイト様に驚嘆。物語があまりに真実味あり過ぎ&人間の実像(らしきもの)に肉薄し過ぎていて、私も実話と勘違いしちゃった口。しかも相当エグいの、この人。なのに憎み切れないラインに乗せて来て。高尚な世界と思しきクラシック音楽界のドロドロな頂点争い、神的存在ターのエゴやクソっぷりにドキドキ。
★★★★☆
森直人
問われるのは我々観る側の思考やスタンス
大傑作。現代のこの乱世に灼熱の問題提起を容赦なくぶっこんできた。主人公のリディア・ターとは何者か。鋼の芸術至上主義者か、単なるハラスメント帝王か。キャンセルカルチャーの対象化などジャーナリスティックな視点も押し出しつつ、支配と搾取の権力構造を批評的に見据えたその射程は長い。『ベニスに死す』(ヴィスコンティ)でおなじみのマーラー交響曲第5番や、『ブルージャスミン』(アレン)を連想させるケイト・ブランシェットの演技など、すべての描写やエレメントが鋭利な刃物のよう。
★★★★★
気になる映画ニュースの、気になるその先を! ブロス映画自論
渡辺麻紀
SFからSFになったAIの脅威
ハリウッドで起きた脚本家たちのストライキ。前回は07年から08年にかけて100日間も続き、映画&TVは大きな打撃を受けた。今回はそれ以上の打撃になるのではと言われている。脚本家たちの心配のタネは配信の台頭によるものが大きいようだが、もうひとつ、気になるのがAIの脅威。会社がまずAIに書かせ、それを人間の脚本家にブラッシュアップさせることになるのでは? という恐れもあるという。
AIの脅威に関しては『2001年宇宙の旅』『ターミネーター』等、これまでもSF小説や映画で数えきれないほど取り上げられてきて新鮮味に欠けるはずだったのだが、ここにきてSF(サイエンス・フィクション)からSF(サイエンス・ファクト)に格上げされたことでもっとも旬なネタになってしまった。そういう流れのなかでジェームズ・ワン×ジェイソン・ブラムのプロデュースによるSFホラー『M3GAN/ミーガン』(6月9日公開)を観ると「ありがち」とは言えないリアリティを感じてしまう。やっぱ映画は時代とともに、なんですね。
折田千鶴子
映画のよう…と思ったらあっさり逮捕
銀座のロレックス専門店を白昼堂々、仮面をかぶった3人組が襲う(5月8日発生)――という映像を観て、思わず「え、これ日本!?」と驚愕しつつ、スペイン発Netflixドラマ『ペーパー・ハウス』を脳裏に思い浮かべた人は多いのでは!?
ドラマは赤ファッション×白仮面だが、こちらは黒ファッション×白仮面。これがフィクションならワクワクが始まるのだが、現実には驚くほどあっさり逮捕。しかも犯行グループ5人中、4人が16~19歳というから日本中がビックリ仰天。犯人は互いに見知らぬ者同士という、流行りの“闇バイト”らしいが、見知らぬ者同士が連携プレイなんて、どう考えても無理。つまりは悲しいかな、言われるように最初から使いっパシリに過ぎなかったのだろうか。通行人の多くが映画の撮影か何かだと思ったという、その堂々とした強心臓はスゴイが、強奪に成功したものの、その後がグダグダ。
なるほど映画でも、多くの場合は盗難後に失敗することが多い。逃げ遅れたり、銃撃戦になったり、カーチェイスになったり……。そんなわけで逃走ルートや方法、友情や仲間の絆も込みで楽しめると言えば、やっぱり『ミニミニ大作戦』(2003年のリメイク版)。これくらいプロが集まって知恵を出し合い、本気で緻密に仕込んで臨まないと……って、成功しても必ずと言っていいほど裏切り者が現れるから要注意。重~い金塊をミニクーパーで運べるか!?も含めて二転三転、最後までハラハラ。少年たちにも、この映画を観て“軽く考え過ぎた”と反省して欲しいかも。
森直人
「キャリア」と「私生活」についての現在
『TAR/ター』に絡めるわけではないが、私生活のトラブルや素行の問題が発覚したとたん、表舞台のキャリアが一気にぶっ壊れる傾向はますます加速している今日この頃。それで言うと、目下最も残念な件は『クリード 過去の逆襲』(5月26日公開)に大役で出演しているジョナサン・メジャースのスキャンダルだろう。
最初に言っておくと、彼は素晴らしい役者である。プランB製作×A24配給による『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019年)で演じた劇作家志望の青年役で鮮烈な印象を残し、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(2023年)の征服者カーン役でも話題を集める気鋭の俳優。『クリード 過去の逆襲』に至っては、もはや彼の映画と断言しても過言ではないほどだ。ハングリーな哀愁と無骨さ、狂気や凶暴さを併せ持つ名演で、主演のマイケル・B・ジョーダンの薄い存在感を完全に喰ってしまった。
しかしその「狂気や凶暴さ」がプライベートでも発揮されていたらシャレにならない。メジャースは今年3月、パートナーの女性へのDV容疑で逮捕。さらに他の暴行やハラスメントの容疑で、複数の女性被害者から訴えられてしまったのだ。
ただし弁護士は無罪を主張。それでもハリウッドの動きは素早く、メジャースはプロダクションから契約解除され、数々の企画から降板。とりわけオーティス・レディングの伝記映画『Otis and Zelma(原題)』のプロジェクトからハズされてしまったことには筆者もガクッときた。
ところがこの件はさらに急展開を見せる。まず先述のパートナーの女性の虚言が明るみになった。そしてメジャースを貶めるツイートを投稿していた某俳優も、彼の社会的成功を妬んで足を引っ張ろうとしただけではないか、という疑念が向けられることになった。
もちろん現時点では、真相のすべてはよくわからない。ただイメージダウンにしろ、名誉回復するにしろ、確かなのは「人間は面倒臭い」ということだ。ハリウッドが効率性を求めるならば、これから役者という仕事もAIに取って代わられていくようになるかもしれない。それが映画ファンとしてはいちばん怖いことである。
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