映画星取り:ブレンダン・フレイザーの大復活でも話題! 体重272キロの男の最期の5日間を描く『ザ・ホエール』【2023年4月号映画コラム】

ブレンダン・フレイザーが272キロの男を演じ、本年度アカデミー賞で<主演男優賞>を初受賞。大復活を遂げたことでも話題となった『ザ・ホエール』をとりあげます。

『ブロス映画自論』では、創業50周年を迎える出版社・国書刊行会が配布し、面白すぎると大評判の小冊子についてや、日本公開が待たれる『流水落花』、チェ・ミンシク主演の『不思議の国の数学者』など今月もバラエティ豊かにご紹介!

(星の数は0~5で、☆☆☆☆☆~★★★★★で表記、0.5は「半」で表記)

◆そのほかの映画特集はこちら
◆第95回アカデミー賞・言いたい放題大放談! 柳下毅一郎 × 渡辺麻紀
動画生配信企画『アカデミー賞授賞式中も大放談!』も!

 

<今回の評者>
柳下毅一郎(やなした・きいちろう)●映画評論家・特殊翻訳家。主な訳書に、ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社)など。Webマガジン『皆殺し映画通信』は随時更新中。
近況:ニール・ゲイマン/J・H・ウィリアムズIIIの『サンドマン:序曲』(インターブックス)が刊行されます。

ミルクマン斉藤(みるくまん・さいとう)●京都市出身・大阪在住の映画評論家。京都「三三屋」でほぼ月イチのトークショウ「ミルクマン斉藤のすごい映画めんどくさい映画」を開催中。大阪CLUB NOONからの月評ライヴ配信「CINEMA NOON」を配信中。

地畑寧子(ちばた・やすこ)●東京都出身。ライター。TV Bros.、劇場用パンフレット、『パーフェクト・タイムービー・ガイド』『韓国ドラマで学ぶ韓国の歴史』『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』『韓国テレビドラマコレクション』などに寄稿。
近況:『呪呪呪/死者をあやつるもの』の元ネタドラマ『謗法』。面白すぎて一気見しました。やっぱりヨン・サンホすごい。

『ザ・ホエール』

監督/ダーレン・アロノフスキー 原案・脚本/サミュエル・D・ハンター 出演/ブレンダン・フレイザー セイディー・シンク ホン・チャウ タイ・シンプキンス サマンサ・モートン
(2022年/アメリカ/117分)

◆『ブラック・スワン』などで知られる鬼才・ダーレン・アロノフスキーが、『ハムナプトラ』シリーズなどでハリウッドのスターに上り詰めながらも、心身のバランスを崩して表舞台から遠ざかっていたブレンダン・フレイザーを主演に迎えたヒューマン・ドラマ。

恋人のアランを亡くして以来、過食状態になり健康を害してしまった 40 代の男チャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、アランの妹で看護師のリズ(ホン・チャウ)の助けを受けながら、オンライン授業でエッセイを教える講師として生計を立てていた。心不全の症状が悪化しても病院に行くことを拒否し続け、自分の死期がまもなくだと悟った彼は、8年前、アランと暮らすため家庭を捨てて以来別れたままだった娘エリー(セイディー・シンク)に再び会おうと決意するが…。

4月7日(金)、TOHO シネマズ シャンテ他全国ロードショー

配給:キノフィルムズ
© 2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.

 

柳下毅一郎
熱演のしやすい舞台もある

ブレンダン・フレイザーの熱演はともかく、映画自体はオスカー向けの舞台劇の映像化にしか見えず、舞台劇の映画化の妙味があるとも思えぬまま。主人公の気持ち悪いほどのポジティヴさはどこかに生きていたのか?

★★★☆☆

 

ミルクマン斉藤

アロノフスキーとはやっぱ合わん!

B.フレイザーの復活劇にはファンとして単に嬉しいし、特殊メイクのまま(というかかなり太ってたからマジここまで…と思わぬでもなかった)出ずっぱりだし。でも外界との出入りがドアひとつとか、あまりに演劇的そのもので映像化としてどうなのか。娘との成り行きについても痛さを欠き、お手本の域を超えていない。

★★半☆☆

 

地畑寧子

フレイザーの役者魂に拍手

とんと姿を見なくなっていたブレンダン・フレイザーの勇気ある見事な復活に泣かされた、余命を悟った男の贖罪の一週間の物語。飽きさせない室内劇に仕立て上げたアロノフスキーの手腕ももっと評価されてもいいのでは?

★★★★☆

 

本年度のアカデミー賞では、主演男優賞(ブレンダン・フレイザー)とメイクアップ&ヘアスタイリング賞の2部門を受賞した。

気になる映画ニュースの、気になるその先を! ブロス映画自論

柳下毅一郎

魔術出版社の50年

国書刊行会の創業五十周年記念フェアが全国書店で開かれているが、そこで配布されているのが『国書刊行会50年の歩み』いう小冊子である。カラーグラビアに一四〇ページの本文がつく大部、これで無料配布という驚きの大盤振る舞いだ。幻想文学の出版で知られる特異な出版社の社史なのだが、これが面白すぎると大評判なのである。ぼくは社員以外でただ一人目次に名前が載っている。なぜか関係者として呼ばれて対談に参加しているのだ。
国書刊行会というのはなかなか不思議な出版社で、碌に売れそうもない海外幻想文学をバカ高い値段で売っているかと思えばアレイスター・クロウリーをはじめとする魔術本を出版し、あるいは大判の映画研究書を出したりとさまざまである。共通するのは他の出版社では絶対に出ない本であること。たいていあまり財布に優しくない値段がついているのだが、欲しい人にとっては喉から手が出るほど欲しい本だったりするので買わざるを得ない。そういう一部の人にだけ刺さる本を作りつづけて五十年というわけだ。
こんな妙な本ばかり作っているのはどんな人間なのか? そんな疑問に答えてくれるのがこの本だったりする。「社史余滴」に記されるあまりにも馬鹿馬鹿しい事件の数々。「社員座談会」で語られる営業「死のロード」。タケノコ掘り。謎のモンゴル人。まさに魔術的出版社と言うにふさわしい逸話の数々だ。たいへん評判で新聞書評にまで取り上げられ、ついには増刷が決まったとか。最近ぼくが関わったどの本よりもよく出ている気がするぞ!

 

ミルクマン斉藤

桜は散り際が一番美しい、と感じるタイプです。

春爛漫。そもそもここ数年「春」を感じられなかったんだけど、今年はちゃんとありますよね。全国的に一週間くらい桜の開花時期も今年は早いみたいで、僕の住む大阪もそろそろ散り花の時期にあるようだ。コレ書いてる今日のニュースをTVで見ても目黒川に舞い落ちて流れゆく花びらが美しい。それ見て即座に思い出したのが大阪アジアン映画祭で観たばかりの香港映画『流水落花』。真っ正直に“流れる水に花が落ちる”シーンから始まるが、それが枠構造にもなっている一篇。里親ビジネスを始めた夫婦の数十年を描くのだけれど、もちろん人間相手だから金銭勘定だけでは収まらない。それぞれの里子に個性があるし、中にはあまりに感情が迸って実子にしようとするけれど、香港の制度的に無理だったりする理不尽さ。それでも新たに里子を育て続ける成り行きが、章立てじみたものもなくカット割りだけでずんずん話を進めてみせる巧さ。なんといっても天性のコメディアンヌ、サミー・チェンと、その夫を堅実に演じるアラン・ロクのストロング・アクトが作品を必要以上に重くしていない。ここまでいくとどこかが日本公開するでしょ。

 

地畑寧子

チェ・ミンシクの魅力

韓国映画の上映がコンスタントになって喜ばしい。近日公開作では『不思議の国の数学者』がことさら心に沁みた。低所得者家庭の子を特例入学させても結局は普通校への転校を促す私立進学校の欺瞞など韓国の熾烈な格差が巧く描き込まれていて、主人公である挫折寸前の男子学生ジウの痛みと純真性がより際立っている。そのジウに、正解を求める過程の大切さを伝える天才数学者ハクソンの言葉の数々がまたいい。愛する数学が武器に利用されることを嫌い脱北したものの、“南”でも学問は自由ではなく、数学が受験の道具(加えて金や地位といった欲を満たす道具)でしかないことを知った失望を吐露するあたりは特に泣けた。そのハクソン役はチェ・ミンシク。韓国映画の世界躍進に貢献し続けている演技派ビッグ3(比肩の2人はソン・ガンホ、ソル・ギョングで3人とも演劇界出身)の一人である。『オールド・ボーイ』や『シュリ』などでの激情型キャラで有名だが、ハクソンのような熱情を秘めた静かなキャラも絶品。当然他にも代表作が多い名優だが、私的には原作の号泣度を倍増させた『ラブ・レター~パイランより』が未だ推し。セシリア・チャン扮するパイランの健気さはいうまでもないが、偽装結婚の“妻”が遺したたどたどしい感謝の手紙に慟哭するうだつのあがらないヤクザ、カンジェの切なさにも泣ける。『ハッピー・エンド』と併せ、ダメ男役も巧すぎなチェ・ミンシクを思い出した。

 

 『不思議の国の数学者』4月28日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
© 2022 SHOWBOX AND JOYRABBIT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 配給: クロックワークス

 

 

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