新鋭・加藤拓也オリジナル脚本による長編デビュー作『わたし達はおとな』が放つ生々しい恋の味【映画『わたし達はおとな』特集】

「わたし達はおとな」
2022年6月10日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開
配給:ラビットハウス
©2022「わたし達はおとな」製作委員会

木竜麻生 藤原季節
菅野莉央 清水くるみ 森田想 / 桜田通 山崎紘菜
片岡礼子 石田ひかり 佐戸井けん太
監督・脚本:加藤拓也
(not) HEROINE movies第一回作品 メ~テレ60周年
https://notheroinemovies.com/

加藤拓也に初めて取材をしたのは2016年の3月。彼が23歳のときだった。以来、折にふれてインタビューをし、彼が主宰を務める劇団た組の稽古場も何度か取材させてもらってきたけれど、印象は一貫して変わらない。

自らを大きく見せることもなければ、過剰に恐縮することもない、淡々とした語り。少し体温の低そうな佇まい。威圧的なところはまったくないけれど、彼に見られると、自分の人間としての底の浅さのようなものを見透かされている気がして、どきりとする。そうした彼の印象は、そのまま彼のつくる作品の印象ともよく似ていた。

6月10日公開の映画『わたし達はおとな』で監督デビューを果たした加藤拓也。その魅力を語らせていただきたい。

 

文/横川良明

 

レタッチされない人間のくすみを、加藤拓也はありのままさらけ出す

加藤拓也は大阪府出身の28歳。17歳でラジオ・テレビの構成作家を始め、18歳でイタリアへ渡り、映像演出と演劇について学んだ。その後、帰国し、劇団た組を立ち上げ。その才能は演劇のみならず映像の分野にも拡大。2018年、『平成物語』でドラマ初脚本を手がけ、第7回市川森一脚本賞にノミネート。その後、『俺のスカート、どこ行った?』『不甲斐ないこの感性を愛している』でもノミネートした末、2022年、『きれいのくに』で同賞を受賞した。彼にとって、『わたし達はおとな』は初の長編監督作品となる。

加藤拓也の描く人間は、生々しい。普通、創作に登場するキャラクターなんて、大なり小なり誇張めいたところがあって、どんなに感情移入をしたところで、私たちとの間には現実と虚構という太い線が引かれている。けれど、加藤作品の登場人物は、実に生っぽい。手ざわりが違うのだ。とてもざらざらしている。

今では写真を撮れば、タップひとつで簡単にシミやシワを消して、陶器のようになめらかな肌にレタッチしてくれる。でも、加藤拓也の描く人の美しさは、そんな加工品にはない。毛穴も吹き出物もそばかすも全部そこにあって、本来なら修整されるであろう人のくすんだ部分をありのままさらけ出す。だから、作品の中で生きている架空の人物たちを、まるで自分のように、あるいはよく知っている友人のように感じてしまう。

『わたし達はおとな』の優実(木竜麻生)と直哉(藤原季節)もそうだろう。2人は恋人同士だ。優実は、直哉と出会う前に付き合っていた恋人がいた。その元恋人からハート型のネックレスをプレゼントされ、優実はドン引きしながら苦笑いでかわす。そして、あとで女友達と「超ウケるよ」と笑い話のネタにする。清純でもなければ陰険でもない。世渡り上手でもなければ一途にもなりきれない、流されやすい女の子だ。

直哉は、自分のことを極めてフラットだし、理知的だとも思っている。でも、根底では男性優位的な思想がこびりついている。たとえば、体調が悪そうな優実に「大丈夫?」と気遣う素振りは見せる。でも朝ご飯について「パンはないよ」と言う優実に「冷凍庫にないっけ?」と聞くだけ聞いて、優実の体調が悪いとわかっているのに、自分で冷蔵庫まで行って中を確認しようとさえしない。無意識のうちに、食事の支度は女の役目だと決めつけているような男の子だ。

そして見栄っ張りでもある。2人の出会いは、直哉が所属している演劇サークルのチラシのデザインを、優実が任されたことがきっかけだった。優実は提出したデザイン候補の中から「5個の中じゃいちばんサークルの雰囲気に合ってるかもと思ってました」と言う。それに対し、直哉は「カンパニーのね」とさりげなく訂正する。サークルではなく、カンパニー。学生の遊びではなくて、自分はプロ志向なんだという直哉のプライドが、些細なやりとりから垣間見える。

加藤拓也は、決して簡単な方法でキャラクターを説明しない。というか、この人はこういう人間なんだというレッテルを貼ることを避けている気がする。その代わりに、ほんの小さなリアクションで、物事に対する態度で、その人の人間性を観る者に伝える。しかも、その人物の美点や良心だけでなく、どうしようもないところ、いやらしいところ、ずるいところを厭わず切り出していくから、時に観客は共感性羞恥に悶え、まるで自分の過去の過ちや汚点を突きつけられるような気持ちになるのだ。

加藤拓也の描く物語は、「エモさ」に回収されない強度がある

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