デビュー20周年を迎えた、シンガーソングライターの森山直太朗。現在、全国一〇〇本にわたるツアーで各地を巡るなか、初の弾き語りによるベストアルバム『原画I』『原画II』を発売する。「紆余曲折を経て、今とても良い状態で舞台に立てている」と語る森山の今作やツアーに懸ける想いを追う【不定期連載『心のままに』】がスタート。
構成・取材・文/かわむらあみり 撮影/大内カオリ
どうせ作るんだったら、とてもプライベートなものを作りたい
――2022年6月から行っている“全国一〇〇本ツアー”と銘打った「森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』」の真っ只中ですが、2023年1月17日には、初めての弾き語りによるベストアルバム『原画I』『原画II』を発売されます。いつ頃から、今作の企画を考えていたのですか?
今年の3月頃からです。デビュー満20周年の年でもあるので、やりたかったことのひとつである一〇〇本ツアーをすることがきっかけとなって、自分の原点でもある弾き語りでのベストアルバムを初めて発売することにしました。もともとバンドを組んだこともなく、基本的には、部屋の片隅で一人で歌っていた人間なので、ツアーも「前篇」と称して弾き語りから始まって、「中篇」ではブルーグラスバンドで、「後篇」ではフルバンドでステージに立ってと、徐々に仲間が増えていくという三形態のツアーを行っています。
今まで弾き語りは、自分にとってとても日常的な部分でもあるけれど、ツアーではラジオで1曲だけ披露するというわけではないので、「自分の2時間のステージを弾き語りだけでやりきれるのか?」という、技術的にも演出的にも不安がありました。でも今回は一〇〇本ツアーをやるなら「原点の弾き語りから始めなきゃ」という想いが強かったんです。ギター1本持って、いろいろな土地をまわる時に、なぜその土地に行くのかという大義やモチベーションは大事だし、離島などに訪れる際には、照明や美術といった大きな荷物の持ち運びはできないので、できるだけ軽量で全国をまわれるように、自分なりにツアーの場所とどういう会場でやるかは厳密に考えました。
そうして弾き語りツアーをやっているうちに、思っていた以上に弾き語りをやっているときの状態が「自由だな」と感じられたのと同時に、「ここが足りないな」と補うべき点などをいろいろと知るきっかけにもなって、自分がとても良い状態になっていったんですよね。『原画』のレコーディングは、そんな弾き語りツアーが終わった時に、満を持してやらせてもらいました。
――『原画』は、直太朗さんが“素”になれるご自身の山小屋やプライベートスタジオでなるべくひとりだけの空間を作って録音するという、通常のレコーディングとはまったく異なった独自のスタイルで作っていったそうですね。
そうなんです。この3月に発売したオリジナルアルバム『素晴らしい世界』のサウンドは、しっかりと音を重ねて作っていったんですが、『原画』はそうではなく。例えば……(と自分の携帯に録音した曲を聴かせてくれる直太朗さん)「『素晴らしい世界』の表題曲はもともとこういう感じだったよ」と、こんな感じで何の気なしにスタッフにレコーディングしたものではないラフな状態の曲を聴かせたら、「こういうのを聴いてみたいです」と言われて。
ニュアンスで歌っている感じも含めて、まだファジーな状態で未完成な曲なのに、「こういうのを聴きたい」と言われて驚いたんです。その一方で、兼ねてからレーベルの方にも「周年だからベストを出しませんか」と言われていた中、曲を寄せ集めてパッケージしてベストですと出すのは、活動として怠慢な感じもしていて。でも、こういう原風景となる曲が聴いてみたいといわれたことが大きな契機となり、「弾き語りだったら今の状態をすぐ録れるだけでなく効率もいいよ」とスタッフに相談したら、「それはいいですね」となって。「じゃあ作るんだったら、とてもプライベートなものを作りたい」ということで今回のスタイルでレコーディングしました。
未完成なものも見てもらうと、聴いてきてくれた曲の解釈も変わる
ーー直太朗さんの前にある机の上には、本のようなものがありますが、それは何ですか?
これはスケッチブックです。僕が持っているスケッチブックが、これと同じ質感なんですよ。経年劣化を含めて、このスケッチブックの白い表紙が黄ばむ感じが出てくるのも味わいがあって、僕のスケッチブックそのものをアルバムジャケットのケースという役割で再現してほしい、という話をデザイナーの方に伝えるために用意していたものです。今回の『原画』という作品は、ラフスケッチそのものに、作品や思想の本質があったりするから、パッケージでそれを表現したいと考えました。
でも、あくまでそれは未完成なもの。本来ならここからバージョンアップしたり、ドレスアップしたりしたものを見てほしい気持ちもあるんです。とはいえ、僕がやっている音楽なんて、ギター弾いて歌ってなんぼのスタイル。だから、そういう未完成なものも見てもらうことで、今までみなさんが聴いてきてくれた曲に対する解釈も変わってくるのかな、という想いも込めて、今回発売します。
ベストアルバムという切り口で作ったので、新曲は(2023年3月24日に全国公開の映画『ロストケア』主題歌の)「さもありなん」の1曲しか入っていませんが、アルバムを作る前に「弾き語りのツアーをやろう」というモチベーションが高まっていたことが大きかったですし、ツアーを終えて脂の乗った状態で歌えたのも、意義のあるものでした。
――『原画』は、「I」と「II」に各13曲が収録されていますね。「さくら」「生きてることが辛いなら」や、 他アーティストへの提供曲「アルデバラン」など名曲ばかりですが、どのように選曲していきましたか。
もともと『原画』を作るとなった時に、10曲ぐらいで1枚のみリリースしようと思っていたんですが、思いのほかたくさん録れたので、最終的には各13曲入りの2枚のアルバムになりました。録り方の形態はとってもシンプルです。今は録音ができる「Pro Tools(プロ・ツールス)」を入れたノートパソコンと、ある程度の設備を組めば、河原でもどこでも録音できるんです。それも8時間連続で録れるので、しっかりセッティングさえすれば、まわしっぱなしにしておけて。
だから、よりプライベートな場所と、好きな時間帯で録りたいなと。しかも、マイクの存在や他者の存在を忘れるぐらいの静かな時間の中でとなった時に、「山小屋がいいな」と思いました。とある山の裾野にある山小屋を持っているんですが、そこで録ったり、プライベートスタジオで録ったり。全ての曲を録った後に、曲順や振り分けをしていきましたが、途中でよくわからなくなって、スタッフにも相談しました(笑)。
曲順については、例えば年代順に曲が並んでいくだけというような枠組みやコンセプトは決めないで構成しています。個人的に録音したものだから、スタッフも曲順については、超個人的に聴いて一緒に考えてくれて。みんなの意見を取り入れながら、こういうふうに曲を並べるとこのような聴き方をしてくれるんじゃないか、曲の理解がより深まるんじゃないか、という順番になっています。
一〇〇本やっても全然足りない、ただの通過点ですよ
――全国一〇〇本ツアーでは、一時期よりはだいぶ緩和されてはきていますが、まだコロナ禍ということもあって、来場される方は声を出せないなどの制約も続いていますよね。ステージに立つ側としては、以前と違う感覚もあると思うのですが、ファンの方の熱い思いはどのように感じていますか。
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