『鎌倉殿』は三代鎌倉殿・実朝と彼のXデーをどう描くかを推理する9のポイント――源実朝役・柿澤勇人インタビュー【『鎌倉殿の13人』不定期連載第9回】

「親ガチャ」という言葉があるが、はたして源実朝は親ガチャの当たりだったのか外れだったのか。三代鎌倉殿・実朝は初代鎌倉殿・源頼朝と政子の息子。源氏の血を引き、親の地位や財産を受け継いで親ガチャ的には申し分ない。ところが、親の因果が子に報い何かとうまくいかず、歴史的には悲劇の三代目とされている。なにも成さないうちに(和歌は残した)実朝は鎌倉最大のミステリーにして悲劇の主人公になった。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(脚本:三谷幸喜)の実朝(柿澤勇人)はおとなしく、和歌を愛する内向的な雰囲気で、登場してしばらくのうちは若い実朝を補佐するという名目の御家人たちのクセの強いキャラクターのなかで埋もれがちだった。最近は徐々にそのおとなしいキャラが味わいに変わってきているが、彼のまわりには常に陰謀が渦巻いている。

第26回、頼朝の死(一応病死)、第33回、頼家の死(暗殺)と来て、実朝のXデー(見せ場)はいつ来るかと思っていたところ、先に実朝役の柿澤勇人さんの取材会があったのでTV Bros.は即刻参加。柿澤さんの発言から、三谷幸喜の描く実朝の行く末を推理する。第39回での実朝の妻・千世に対する言動に関しても、柿澤さんはどう思って演じていたのだろうか。

 

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文/木俣冬 写真提供/NHK
スタイリスト/杉浦優 ヘアメイク/松田蓉子

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きまた・ふゆ●新刊『ネットと朝ドラ』(Real Sound Collection)、その他の著書に『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)、『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』(キネマ旬報社)など。『連続テレビ小説 なつぞら』、『コンフィデンスマンJP』などノベライズも多く執筆。そのほか『蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)、『庵野秀明のフタリシバイ』(徳間書店)の構成も手掛ける。WEBサイト「シネマズプラス」で『毎日朝ドラレビュー』連載中。

 

○注目ポイント1:三谷幸喜は実朝に思い入れがある

柿澤「三谷さんは世間に認知されていない本当の実朝像を書きたいとおっしゃっていたのでプレッシャーを感じながら、資料を読んで現場に臨みました」

 

○注目ポイント2:日本中世史研究の坂井孝一の説を採用か

柿澤「資料はたくさん読みましたが中でも、主に時代考証の坂井孝一先生の本を読みました。これはかなり最新の実朝に関する見解で、実際の実朝像に近いのではないかと言われているものです」

 

坂井は「源実朝『東国の王権』を夢見た将軍」(講談社選書メチエ)のなかで、政よりも蹴鞠や和歌に熱中していたと考えられていた実朝が多くの体験を経てしだいに変化していく様子を丹念に綴っている。最大のミステリーとされている実朝事件についても彼が残した和歌の正体をもとに推理していて興味深い。

 

○注目ポイント3:太宰治の「右大臣実朝」と「吾妻鑑」との違い

柿澤「『右大臣実朝』は、実朝の部下視点で、実朝がいかにいい将軍で、『吾妻鏡』に書かれているような軟弱で政にネガティブではなかったことが書いてあるんです」

 

太宰治が「吾妻鏡」と比較しながら、別の視点で書いた有名な「右大臣実朝」も坂井説と近いのかもしれない。いずれにしても単に気弱で政治を任せるに足り得ない人物ではなかったということであろう。

 

○注目ポイント4:シェイクスピアで言うと――

柿澤「三谷さんは、実朝と和田義盛(横田栄司)との関係を『ヘンリー四世』のハル王子(実朝)とフォルスタッフ(義盛)をイメージしているとおっしゃっていました。若くて真面目な王子ハルの知らない世界を大酒飲みのフォルスタッフが教えてくれる、そういう関係を意識されていると知って、なるほどと腑に落ちました」

 

乳母に育てられ閉ざされた世界にいた実朝が、義盛の家で鍋を囲んで酒を飲むというざっくばらんな場を体験し、心が開かれていく。そこで培った義盛との信頼関係が強ければ強いほど、今後の実朝に大きな影響を与えていくだろう。

 

○注目ポイント5:後鳥羽上皇との関係 

柿澤「後鳥羽上皇(尾上松也)が名付け親であることはすごいことですよね。実朝にとって、父の頼朝は偉大すぎて、父のようにふるまいたいがふるまえないことがコンプレックスでもあった。

 

兄で二代鎌倉殿である頼家(金子大地)に対してもそうで。頼朝とも頼家ともしっかり関われないまま育ってきたなかで、名付け親の後鳥羽上皇を手本のように思って影響されていたと思います。自分に力のない分、京都との関係を深くして、後鳥羽上皇の力をお借りすれば、状況がよくなると思っていたのではないでしょうか」

実朝の“実”の由来(第32回)が印象的だったという柿澤さん。“実”はつなぎ目の意味があり、京都と鎌倉をつなぐ存在になってもらおうという後鳥羽上皇の狙いが込められていた。京都とつながろうとする実朝と、独立していきたい鎌倉とのすれ違いが広がっていったことは明白である。

 

○注目ポイント6:宋船

柿澤「権力者たちは皆、自分の土地や家の権利など、自分さえよければと思って争っているなかで、実朝は京都と繋がることで事態が改善すると思っていた気がします。さらにその先のことを考えて作ったのが中国行きの船。結果は失敗で、勝手につくって勝手に失敗して……と揶揄されていますが、そんな大きなことを気まぐれでやるわけがない。最新の研究では、実朝は日本を飛び越えて世界と渡り合おうという構想を持っていて、日宋貿易を行おうとしていたそうです。彼を取り巻く環境にあって、自分たちに足りないものを謙虚に受け止めてまわりの力も借りていこうと考えていたと思います。日本を俯瞰して捉えていたのではないでしょうか」

 

実朝の最大の失策とされる宋船造りに実朝の思いが託されていそうだ。もし成功していたら、状況は大きく変わっていたかもしれない。そう思うと実朝は、何もできなかった悲劇の三代目という印象から変化しそうだ。

中国との関係といえば、ドラマの中で武衛(ブエイ)や羽林(ウリン)など親しみやすい呼び名のように使用されている名前は中国の言葉。鎌倉、京都、日本という狭い世界の物語のようで中国の影響をさりげなく漂わせているところが今後の実朝の行動を示唆しているように感じる。

 

○注目ポイント7:歩き巫女の占い

柿澤「回を追うごとに明るみになっていく実朝のパーソナルな悩みを、義盛に紹介された歩き巫女(大竹しのぶ)に鋭く見抜かれます(第35回)。その場では具体的な悩みは明かされず、いつの時代でも誰にでも悩みはあるという普遍性として捉えることもできますが、じつは実朝は、妻・千世と打ち解けられず、泰時(坂口健太郎)への思いを和歌に託します(第39回)。巫女の占いはそのことだったのかもしれません。つまりそれは彼の悩みが特殊なのではなく、それもまた普遍的なものだということと僕は捉えました」

実朝には子供がいなかった。それを三谷幸喜は実朝が女性を愛せなかった設定にした。男色という行為ではなく性的嗜好の違いを描くことは大河ドラマでは珍しい。実朝の個性がここでないどこか、もっと広い世界を求めたと考えることもできるのではないだろうか。

 

○注目ポイント8:雪の日に気をつけろ

歩き巫女はほかにも、実朝に「雪の日に出歩くな」と注意している。「柿澤さんが実朝にかけてあげたい言葉があるとすれば?」という質問に柿澤さんは悩んだ末、「義時には気をつけろ、義時のことをもっと監視しなさい」と回答した。えええ、やっぱり義時(小栗旬)が……。

 

○注目ポイント9:和歌から読み解く実朝

柿澤「ぼくは和歌に関しては全然、無知で、実朝を演じるにあたって勉強してわかったのは、実朝の歌には華やかさや派手さがなく、なんてことない日常の風景から、自分の感情や、世の中の状態を結びつけるのがうまいと感じます。例えば、船を漕いでいる漁師を見て、この平和がずっと続けばいいなとか、庭先の梅を見て、僕がいなくなっても忘れないで、というような歌を作っています。歌と同じで、実朝は素朴でピュアで、頼朝、頼家の血を引いているようには思えないですよね」

 

10月7日放送の『あさイチ』(NHK総合)にゲスト出演した柿澤さん。そこで三谷幸喜さんは彼の「天真爛漫でちょっとさみしげ」なところが実朝に合っていると考えたという話があった。人間国宝を祖父に持つ恵まれた家庭に育った柿澤さん。知性や教養があってどことなく上品で、でもどこかさみしげに見える表情は実朝にぴったり。『鎌倉殿』の実朝がどんなふうになっていくか見守りたい。

 

 

いずれにしても、史実的には実朝はある時、ある場所で何者かの手によって(一応以下自粛)。そこに至るまでにどんな物語が生まれ、謎とされている大事件の真相は『鎌倉殿』ではどのように描かれるのか。柿澤さんの口からは出なかったところで、筆者が勝手に予想するのは、三浦義村(山本耕史)が「俺の女になれ」と誘ったトウ(山本千尋)の存在。事件には義村関与説がある。また、実朝があるとき見た「青女」(若い女)の記録。そのふたつをつなげ、その「青女」の役割をトウがするのではないかと思うのだが、どうだろう。でも柿澤さんは「義時に気をつけろ」と言っている。うーむ。どうなるXデー。

 

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