おとどちゃん連載・14「『夏』を知らない僕たちは。」

今年で創業91周年! 高知県桂浜にある小さな水族館から大きな声で、いきものたちの毎日を発信中!

広報担当・マスコットキャラクターのおとどちゃんが綴る好評連載第14回は、新学期のふれあいと、先日の日本列島を駆け巡った台風14号来襲時の壮絶な様子をお届けします!

以前のお話はこちらから。

八月最後の日の夕方、カワウソ舎の前にいたひとりの飼育員が「秋みたいな風が吹いていますね」と言った。

「そうだね」と頷いた私の頬を撫でる夕暮れの風は、夏の終わりと秋の始まりを感じさせるような心地良さと少しの寂しさを孕んでいた。朝晩はいくらか優しくなったが、九月に入っても青色のキャンバスを入道雲が占領し、夏はまだその薫りを手離さずにいた。ここで生きる時間はとてもゆっくりと流れる。

夏休みが終わり、私が通う浦戸小学校で始業式が行われた。八時に登校し、式が始まるまで校長室で待つ。今年は、新型コロナウイルス感染対策のため、生徒たちはそれぞれの教室でモニター越しに校長先生から夏の終わりを告げられることとなっていた。

「おとどちゃん、一学期は一度も学校に来ませんでしたね。そんなおとどちゃんのことを心配して、一年生の女の子が宿題の工作でランドセルを作ってくれたみたいですよ」

校長先生がゆるりと口角を上げた。

「でも、とっても恥ずかしがり屋な子だから、みんなに笑われたらどうしようって、学校に来るのを渋っているみたい。さっき親御さんから電話がありました。一時間ほど遅刻するそうです」

同級生たちは、私がランドセルを持っていないから学校に来れないのだと思っているそうだ。確かに、入学式の時、私はひとりだけランドセルを持っていなかった。私が教室に来ないことを、子どもたちは時どき先生に相談しているらしい。

式が始まる時間になり、教室へと向かう。同級生たちの日焼けした肌が愛らしい。黒板の横に設置されたモニターの画面は分割されていて、校長先生と同じように先生たちが映し出されている。

「皆さん、おはようございます。夏休みはいかがでしたか? 宿題はちゃんとやってきましたか? 今日から二学期です」

そわそわとした雰囲気だった教室がしんと静まり返り、子どもたちが緊張気味に画面に映る校長先生を見つめている。ふたつの季節を経て、どの子も入学式の時より心なしか逞しくなったように感じる。こうして少しずつ大人になるのだろう。

 

始業式が終わり、校長先生が教室にやって来ると、間もなく例の女の子も足早に入って来た。教室の後ろに並べてある机の上には、子どもたちが夏休みの宿題でつくった作品が置かれている。彼女は、机の端の空いたスペースに三色に塗られた段ボール製のランドセルを放り投げるようにして置いた。

「まあ! すごいじゃん。上手にできてるじゃん!」

「全然やし!」

「なんでよお。おとどちゃんが毎日学校に来れるようにって、作ったんでしょう。ほら、おとどちゃんに見せてあげなよお」

「嫌だ!」

校長先生と女の子の押し問答が繰り広げられる。私はそのランドセルを背負わせてほしいと女の子に頼んだ。彼女はくねくねと身体を捻って恥ずかしがってみせたが、同級生たちが私のもとへ集まってくると、友だちを押しのけるようにして私に抱きつき、背中にランドセルをあてがってくれた。肩にかける紐に腕を通す。黄色い紐は長さを調節できるようになっていた。私の身体に合わせて、先生たちが精いっぱい紐を伸ばしてくれる。しかし、両腕を通して背負うには少しだけ長さが足りなかった。そんな私を見て、彼女は唇を尖らせた。目の前で不貞腐れる女の子の機嫌を取り戻すため、私は、ショルダーバッグを持つように両紐を腕にかけてみせた。

パリコレ上等である。

「まあ素敵! おとどちゃん、これからはしっかり学校に来て、みんなといっしょにお勉強をしないといけませんね」

校長先生が少し大げさに拍手して、「よかったね」と女の子の顔を覗き込むと、彼女はぷいと顔を逸らして自分の席に戻った。

 

チャイムが鳴り、休み時間になると、他の学年の子どもたちが順番に「おとどちゃーん!!」と叫びながらバタバタと教室に入って来た。元気な子どもたちに囲まれて揉みくちゃにされる。子どもとはいえ、学年が上がるにつれて力が強くなる。四方八方から無邪気に腕を引っ張られたり身体を押される。飛んだり跳ねたりする子どもたちに合わせて飛び跳ね、先生に叱られるまで、私たちは我を忘れて遊んだ。

 

夏休みに工作の宿題でつくったものは、少しの間、学校で展示するらしい。私のランドセルも、展示が終わってから手もとに届くという。よしよし、まだもう少し学校をサボれるな。

授業開始のチャイムが鳴り、水族館に帰るため教室を後にする。

「おとどちゃん、ばいばーい!」

「おとどちゃん、また教室に来てねえ!」

みんなが手を振って見送ってくれる中、席に座ったままじっと私のことを見つめるシャイな女の子に「またね」と手を振ってみる。ぷいとそっぽを向いた彼女はもう振り返ってはくれなかったけれど、机の下の右手が小さく左右に揺れたから、私たちはまた会える。ふたり年老いても、何度でも。

 

九月も毎日がお祭り騒ぎで、つくづく話題の尽きない波乱万丈な水族館だと思う。

「私が館長になってからというもの、いろいろありすぎじゃない?!」と、肝っ玉館長が叫んだほどだ。

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