清水あいりエッセイ

清水あいり 書き下ろしエッセイ「野良猫」

お笑いを愛する関西育ちのグラビアアイドル・清水あいりがお笑い愛を深めるべく、尊敬する芸人に会いに行く対談企画「清水あいりにツッコミたい!」。今月は特別編。清水が感銘を受けた千原ジュニアさんの自伝的小説『14歳』への想いを綴った書き下ろしエッセイを寄稿。

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【筆者プロフィール】
清水あいり(しみず・あいり)
●1992年生まれ。大阪府出身。グラビアのほか、バラエティ番組での「関西弁あいうえお」ネタやトークなど、幅広く活動。自身のYouTubeチャンネル「清水あいりのおイタがすぎまんねんTV」ほか、各SNSアカウントも随時更新中。


清水あいり TV Bros.WEB連載 書き下ろしエッセイ

野良猫

文/清水あいり

                       

                              

こういうプライベートなお話は今まであまりしてこなかったので知らない人がほとんどなのですが…
家庭で起き続ける不幸の連鎖から一度逃れたいという感情があった中で、芸能事務所にスカウトされたことと、私より早くに上京し東京でクラブシンガーとして活動をしていた当時モヒカン頭だった姉の「あんたも東京きいや」の一言がきっかけで、中学卒業後に一人で上京しました。

 

当時、私は高校一年生の15歳。
上京して姉の隣のアパートで一人暮らしを始めて
しばらく経った頃でした。
ある日の登校中、駅近くにある誰もいないベンチに
ぼーっと座った後、なぜか学校に行くのをやめ、
引き寄せられるように近所の精神科に行きました。

 

初めての精神科。今なら少しドキドキしてしまう気が
するけどその頃はなぜか堂々としていました。
医師から『鬱』と診断され、
「やっぱりこれ鬱なんや」とボソっと言うと
「安定剤を出しておくからね」と。
正直、鬱って言われても具体的に何が鬱で何が鬱じゃないかなんてその頃は深くまで理解出来ていませんでした。「効くんかな、これ」と少しの希望を抱きながら安定剤を飲んだのを覚えています。

 

その頃からついに本格的に引きこもりになり
一時期不登校になってしまいました。
なぜそうなったのかというと、一番は環境の変化でした。私が通う高校で仲良くしていたメンバーは絵に描いたようないい子達でした。凄く楽しかった。

 

楽しかったのだけど…ずっとお花畑にいるような感覚でした。

 

毎日お風呂に入れてもらっている可愛くて綺麗な飼い猫たちが、暖かい部屋の絨毯の上でふわふわの綺麗な毛並みを見せつけて高そうなおもちゃで優雅に遊んでいるような「いいねんけど、なんか違う」となかなか新しい環境を受け入れられず、だんだんと居心地が悪くなっていきました。

 

私が高校入学してから仲良かったメンバーは本当にいい子だし、本当に大好きだった。でも何もかもがウソみたいに綺麗過ぎた。クラスでは優しい標準語が飛び交っていた。しかし、少しでも”自分らしさ“を貫く子がいたら『その子』はいじめの対象になっていました。『その子』は違うグループの子達から罵倒を浴びせられても、嫌味を言われたりしても、一人強い目をして堂々と学校に来ていました。私は『その子』を見て、密かに憧れを抱いていました。

 

そんな気持ちとは裏腹に、
いい子達に無意識に合わせている自分。

 

自分の関西弁の語尾が日に日に優しくなっていき、いい子達を傷付けないように壊さないようにと、まるで彼女たちに取扱注意のシールが貼られているみたいに気を遣い始めている自分がいました。私が育ってきた環境は傷だらけで目付きも鋭く路地裏の陰で暮らす、でも信念の強い野良猫の集まりのような泥臭くて愚直な人間に囲まれていました。だから新しい環境は私には綺麗過ぎて、まだ受け入れる寛容さがなかったというのもあり、非現実的な毒のない”ウソの世界”に思えて仕方がなかったのです。でも合わせているのは誰?

 
“この場所が好きじゃない”と思いながらも、上手くやっている自分がさらに嫌いになって突然学校へ行けなくなってしまいました。

  

またそれと同時に、どこに行っても胸の大きさの事を言われていたのも引きこもりになった原因の一つでした。

                        

ピザ屋のバイト先で初めて会う男性陣から挨拶よりも先に胸の事を言われ「私はそんなにいけない身体をしているんだ」とどんどん自分の胸が嫌いになっていきました、憎むほどでした。これを読んでる貴方は「胸を憎むってどういうことやねん!」と思うかもしれないです。だけど自分の胸を死ぬほど憎んだ人はこの世にたくさんいると思う…

 

いや、いるんです。

                                          

グラビアで武器に出来るようになるまで私にとって
その頃はまだ、世界がとても残酷に見えていました。

中学生の時から胸の事はたくさん言われてきたけど、
この先もずっと言われていくのか…、そうかぁ。
これと一生付き合うのならいっその事、胸を切り落としたいなぁ…と本気で考え始めた頃でした。

 

人の視線が怖い。これさえなければどれだけ楽に生きられたのだろうか。これさえなければこれ以上辛い気持ちは増えなかったのに、と泣きながら「胸  切り落としたい」で検索。「乳房切除  手術」という文字が出てくる。

 

 

手術…

  

メスを入れる事への恐怖と辛抱の狭間で
彷徨っていました。

 

学校に行かなくなり、でも「このままじゃいけない。学校に行かなきゃ」と思いながら行動を起こせない日々が続いたそんな時、隣に住んでいた姉に「ガキの使いやあらへんで」のDVDを貸りました。ガキ使を観て笑って、なんとか精神を保ち気持ちを安定させる。小学生の頃から家族の事で辛い事があっても姉が一人暮らしをしていた家でお笑いをたくさん見せてくれて、お笑いに、そしてダウンタウンさんにいつも救われていました。

 

ここでもまた救われるんだ…と思ったのを覚えています。

 

そんな絶望の日々の中で、たまたま深夜のテレビに出演されていた千原ジュニアさんをじっくり見ました。

                                            

あれ?大阪で見ていた時は怖いイメージがあったけど今はそこまで怖くない。繊細そうなのに、でもなんか棘も毒もあって言葉が深くまで突き刺さってくる。一つ一つの言葉のセンスに、私今こんなに辛いのに、心から笑ってしまう。

 

なんなんやろう…?

と、ダウンタウンさん以来の衝撃を受けてすぐにネットで検索しました。

 

『14歳』という一冊の本が目に入りました。
紹介のところに書いてあった「-戦うべきリングを求めて-」の文字に胸が高鳴り、迷わず購入しました。
『14歳』を読んで私は感銘を受けました。「心の闇がこんなに美しいと思える日がくるなんて」と、人間の深い闇の部分を綺麗で美しいと思っても許されるような感覚になったのは初めてでした。

境遇が少しだけ似ていたのもあり、余計にこの本に惹き込まれていきました。

                             

ジュニアさんの持つ強い陰の感情が独自の世界観で表現されていて、儚いのに強さがみえて「ただの強さはいらない、私もこんな強さが欲しい」と感じました。そしてお前誰目線やねん!と思われるかもしれないですが「せいじさん、ありがとうございます」と、本気で思いました。ほんまに誰目線やねん…。

 

『14歳』を読み終えた後、初めて自分の持つ屈折しているような、
でも真っ直ぐなよくわからない心をスッと受け入れられた気がしました。

 

私は「陰」な人間です。

                                                    

陽になれるような家庭環境、陽の要素を持つ人間だったら。
誰かに胸の事を何か言われても跳ね除ける力があれば。
他者や環境を受け入れられる余裕があれば。
少しは世界が違って見えたのか?

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