岡村靖幸×松尾スズキ 対談 「この状況には、意味があると思うしかない」

酒と、コロナと、本質と

「僕は今日、松尾さんにどうしても聞いてみたいことがあるんです」

控え室でヘアメイクをしている最中の岡村ちゃんに話しかけると、そんな言葉が返ってきた。ブロスで対談するのは今回が初めてだが、それ以外ではプライベートも含めて何度か会っている二人。お互いのことはある程度知っているはずだと思っていた。それでも聞いてみたい質問とは何なのだろう。対談をやってみて、「なるほどこの質問は松尾スズキという男の本質を突いているかもしれない」と感じた岡村ちゃんの質問と松尾さんの受け答え、じっくりお読みください。TV Bros.本誌8月号では掲載できなかった分を追加したディレクターズカット版でお届けします(二人のグラビアが充実したTV Bros.本誌もよろしくどうぞ)。

撮影/岡本武志 取材・文/前田隆弘 編集/土館弘英
スタイリスト/島津由行【岡村】 安野ともこ【松尾】
ヘアメイク/マスダハルミ(M-FLAGS)【岡村】 中山知美【松尾】

唯一スタンプをくれる男


──プライベートでも会ったりしてるんですよね?

岡村 ちょろちょろと、ですね。でもお忙しい方なので、思いついたタイミングで「会いません?」「会いましょう!」みたいには、なかなかならないです。

松尾 タイミングがなかなか合わなくて。だからお互いの公演を見に行ったりしてね。でも最近だと公演を見に行っても感想を告げる機会がなくて(※1)。

※1 コロナ感染対策のため、舞台・ライブなどほとんどの公演で関係者の楽屋挨拶がなくなっている。

岡村 そう、だから舞台を見たり、映画を見たりすると、LINEで感想を送るんです。この前のWOWOW(※2)を見て、その感想を送るみたいな。

※2 今年WOWOWで放送されたドキュメンタリー『ノンフィクションW 松尾スズキ 人生、まだ途中也』と、コントドラマ『松尾スズキと30分の女優

松尾 そう。岡村さん、感想をすごいくれるんですよ。うれしいよね。

岡村 普通に素晴らしいので、それをそのまま送ってるだけですよ。

松尾 いやあ、うちの劇団員なんて何にもくれないですよ。

岡村 それはきっとこういうことだと思うんです。演劇をやってらっしゃる方は、松尾さんに感想を言うと、松尾さんに「しゃらくさい」と思われるんじゃないかと。

松尾 いや、そんなことはないです。

岡村 たぶん怖いんだと思うんです。他業種だと言いやすいですけど、同業種だとなかなか言いにくい……みたいな。演劇界のことは分からないですけど、「ミュージシャンがミュージシャンに感想を言う」と考えると、なんとなく分かります。

松尾 そうなんですかね。寂しいですけどね。だいたい僕の付き合いの範囲内の男性で、スタンプくれる人は岡村さんくらいですよ(笑)。年始のあいさつも、誰よりも早くくれますからね。うれしいなと思いますけど。

岡村 いやいやいや、無邪気にやってるだけなんです(笑)。

松尾スズキと岡村靖幸

壊れた果てって何だろう


岡村 僕、松尾さんに対してちょっと寂しく感じていることがあって。僕はお酒を飲むので、それにまつわる話を松尾さんと共有できると思ってたんです。でも松尾さんのメルマガを読むと、「もうお酒が要らなくなってきた」みたいに書いてあったから。

松尾 そんなことないですよ。長く飲んでいたいから、飲む量を調節しようと思っただけなんです。酒を抜こうと思うのって、2週間に1回くらいですね。

岡村 ああ、そうなんですね。

松尾 だから今は逆に酒と向き合っちゃってて(笑)、酒の小説を書いてます。「このまま無制限に自分が酒を飲み始めたらどうなるんだろう?」ということを想定して書いたんですけど。

岡村 昔、そういう映画がありましたね。『バーフライ』(※3)でしたっけ。

※3 酒浸りの生活をしていたことで有名なチャールズ・ブコウスキーが脚本を手がけた映画。バーフライ(Barfly)とは「バーに入り浸る者」を揶揄した言葉。

松尾 僕は『リービング・ラスベガス』(※4)という映画が好きですね。

※4 アルコール依存症の男と娼婦のラブストーリー。ニコラス・ケイジ主演。

岡村 僕はうっすら……ものすごくうっすらですけど、その感覚の気分のときもあります。お酒飲んでるときに。

松尾 「連続飲酒してみよう」みたいな?

岡村 連続飲酒やネガティブな意味じゃないんですよ。恥ずかしくてそれまでしゃべれなかったことがしゃべれるようになったし、人の輪も広がったし、びっくりするような体験もするようになったし。あと、「まあいいか」みたいな力みたいなのが身に付いたし、お酒飲むようになって100%良かったです。

松尾 最初にお会いした頃って飲んでました?

岡村 飲んでました。でもその前は全然飲んでなくて、お酒の場にいなかったので、そういうコミュニケーションもなかったし、そこで誰かと出会うこともなかったし。「恥ずかしながらすいません、それじゃ!」(※5)みたいなこともなかったし。

※5 「ドロンします」と同種の、「お先に失礼させていただきます」の酒場的表現だと思われる。

松尾 何ですか、それ(笑)。

岡村 メディアでお互い知ってるぐらいの人に、普段だったら人見知りするのが「恥ずかしながら、こんにちわ」みたいな。

松尾 よく分かんない(笑)。

岡村 そして、たまに不思議で退廃的の気分になるときはあります。

松尾 何かが壊れ始めていくような。俺も「壊れた果てって何だろう」みたいなことはよく考えるんです。でもこのままさよならしたくないな、というのはすごくあって。1日1回飲むたびにそれは考えますね。中島らもさんの小説みたいなのって、そうはなりたくないけど、どこか憧れるところはあるじゃないですか。

岡村 退廃的な。うん、うっすらありますね。

松尾 俺もそういう年になったのかもしれない。

岡村 記憶力もちょっとずつ落ちてきてますしね、舞台って記憶力勝負のところもあるから大変じゃないですか?

松尾 本当に困りますね、酒が残ってるとやっぱり覚えらんないっすね。

岡村 そういうのもあるでしょうし、たとえば激しい動きをする中で、頭に入っているはずのものが瞬間的に怪しくなったりするときがあるんです。だから松尾さんの舞台を見てると、長台詞もあるし、激しく動きながらの台詞もあるし、大変だろうなと思って。

松尾 いや、でも徐々にみんな壊れてきてますよね。阿部(サダヲ)でもつっかえることがあるし。だから俺、ラップをやってる人の記憶力ってすごいなと思うんです。

岡村 確かに。でも自分で書いてるものってやっぱり覚えやすいんです。自分で練りに練って書いてるし、自分の癖もあるし、そうやって出てきた自分の言葉だからそうそう忘れない。ラッパーの人も基本は自分でリリック書いてるから、きっとそうだと思うんです。でも役者の方は、脚本家から与えられた言葉を覚えるわけですよね。しかも「今回は大阪弁のイントネーションでお願いします」みたいな要求もされるわけで、想像を絶しますね。

松尾 確かにしゃべったことのない方言でしゃべろと言われたら、(台詞を覚える+口調を変えるという)2段階の大変さがある。

岡村 だからものすごく大変なはずなのに、舞台の松尾さんを見ると、調子いい感じしかしないんですよね。

松尾 調子いいって(笑)。

「意味がある」と思うしかない


岡村 今の時点で、コロナとこの環境について、どんな気持ちでいます?

松尾 すごく大きなものをぶつけてきましたね。

岡村 最初からこれは聞こうと思ってたんですけど。

松尾 もう振り回されてばかりで、実演家としては非常に苦しい日々が続いてますね。まず宮藤(官九郎)がコロナに感染して、周りの人も次々に感染していくから、「やっぱり一般人とは違う仕事なんだな」というのはどこか感じましたね。周りの知り合いが感染する確率が高過ぎるなと思って。

岡村 音楽の世界では、観客数を半分にし、歓声を控えてもらってるんですが、演者として思ったのが、お客さんは全員マスクをしているから、笑顔なのかどういう表情かどうにも分からない。 それはなかなか切ないものですね。

松尾 それは本当にうちもそうです。笑いの芝居をやってると、客の笑い声が演者の糧になったりするんですけど、マスクだと声がくぐもるし、客も笑っていいのか分かんない状態だし、そもそもマスクをしていると笑っているかどうか見えないし。だからやっぱり笑いは苦しいですね。「それを乗り越えて笑わせれば勝ちかな」と思ってやっていますけど。あと、演出をやっていると(稽古場でも)ぎりぎりまでマスクなんですよ。俳優の表情が分からないのに演出しなきゃいけないのは苦しかったです。

岡村 この言い方が正しい言い方なのか不安なのですが、一言で言うと不快なんです。「ここまではこうだけど、だいたいここで終わるから、ここからは安心していいんだ」というシナリオが見えないから。 それについてずっと考え続けるとそのストレスで体調を崩す人もいるでしょう? じゃあどう向き合えばいいのかと考えたときに、「意味があると思うしかない」と思ったんです。

松尾 そうだよね。そう思わないとやってらんないよね。僕も「負けちゃいられない」みたいな発言はするんですけど、「じゃあ『負けちゃいられない』ってどういうことなんだろう?」とも思うんですよ。舞台をやってる人の「負けちゃいられない」って、「舞台を続ける」ということ? ということは「お客さんおいでよ」ということ? でもそれは積極的に言っていいのかどうか分からない……みたいな。

岡村 単純な問題じゃないのは分かってるんですけど、でも演者側は100%のモチベーションでやりたいわけです。そこに不安要素はなるべく入ってきてほしくない。と思いながらやってます。

松尾 去年、『フリムンシスターズ』というミュージカルをやったんだけど、やっぱりそのときも状況が揺れ動いてて。「マスクしてりゃ大丈夫だ」とか、「いや、マスクは不織布じゃないとダメだ」とか、いろんなことを言いながらミュージカルを作っていくわけです。で、演出席から俳優さんたちがしゃべってるの見てるんですけど、俳優との距離が近づいてくると、「客の立場としてはこれは怖いんじゃないか」とか、ちょっと考えたりもするんですよね。で、どんどんどんどん役者を突き放していく。それがすごくつらいんです。「客に向かって大声で歌おうとしてる人を遠ざけていく演出を、自分はやっている」というのが。

岡村 でも立場としての責任の重みも苦しみもあるわけですよね。

松尾 そうなんです。本当は舞台から下りて客席に語り掛けたいくらいだったんですけど、それをやるとお客さんは怖がるという状況があるので。そのさじ加減を調整していくのはすごく難しかったです。結局、最前列から2列くらい抜いて販売したんですけど。でも劇場からクラスターが出たって話、あんまり聞かないですね。

──ワクチンが出回ってかなり感染者を抑え込めて、そこまで心配しなくていい状況が訪れたとして、完全に今まで通りのやり方でいけると思います? それとも、やっぱり以前とは違うやり方にならざるをえないと思います?

松尾 誰か本当に憎まれないタイプの人気者がテレビで「マスクを外しましょう、今から」というメッセージを発信でもしない限り、なかなか変わらない気はしますね。

岡村 僕自身も、怖いとか不安とかじゃなくて、もうマナーとして癖になってますよね。習慣になってしまってる。ただ、家に着いたら(引っぺがして投げる動作で)こうしてますけどね。

松尾 そこまで(笑)。

岡村 家に着いてもマスク外すの忘れてて、ずーっと付けたままにしてるときがあって。不快な癖が付いちゃったなと思ってます。

「負けてたまるか」と思った結果


松尾 自粛期間中って何やってたんですか?

岡村 ずっとレコーディングをやってました。あと自炊ですね。鬼のように自炊やってます。ストレスを感じてて、そのストレスでもう最後は石臼を買いました。

松尾 石臼(笑)!? 何をするんですか?

岡村 そばを作るんです。

松尾 へー、そばかあ。

岡村 買って分かったんですけど、死ぬほど重いのね。石臼って。

──そりゃそうでしょ(笑)。

岡村 小さいやつなんですよ? それでも重すぎて「腰壊すわ」と思って。

松尾 そば作りは?

岡村 全くできず挫折しました。

松尾 (笑)

岡村 ただ「負けてたまるか」とは思ってて。牛乳からヨーグルトを作るものもやりましたし、あと小麦粉からシチューを作るのもやりました。いろんなことやりました。今まで絶対手を出さなかったことをたくさんやってます。

松尾 すごいなあ。

クリエイションのためならば


岡村 松尾さんのエッセイやメルマガを読むと、引っ越しが多いですよね。引っ越しってお金かかるし、体力も使うし、大変ですよね。

松尾 そうですね。思い起こせば賃貸の延長というものをしたことがない。

岡村 すごい。長く住むのが嫌なんですか?

松尾 何か飽きちゃうんです。でも、いま住んでるところはたぶん延長すると思います。

岡村 僕は最近、物件を見過ぎちゃって、何が何だかよく分からなくなってます。

松尾 引っ越したいんですか?

岡村 強い意志と欲がないんですが。ただ「引っ越さなくちゃいけないのかもな」と思うようになり……ただ物件に関してなかなか欲深くなれないんです。例えばこのスタジオみたいなところに住むと考えると……。

松尾 (コンクリートの)打ちっ放しみたいなところ?

岡村 そう。天井が高い……。

松尾 いいじゃないですか。

岡村 ただね……そういう間取りは寂しいものですね。

松尾 (笑)

岡村 来客が多い家だったらいいんですよ。「ヤバいですね、この家!」と言われたりして、生活感がないインテリアとか置いちゃったりして……(笑)。

松尾 温かみが欲しくなる(笑)。僕は引っ越すと、何か目先が変わるというか、引っ越すたびに新しい小説が書けてる気がします。

岡村 本当ですか? じゃあやっぱり引っ越しっていいんですね。そう言われたら、なんだかモチベーション上がってきました。

──クリエイションにいい作用がありそうだから?

岡村 そう。クリエイティビティが上がるのであれば。

松尾 引っ越すと、前の家のことが書けるんです。いま現在住んでる家のことって、なかなか書けないじゃないですか。

岡村 なるほど。それはいい話だ。インテリアには凝ったりします?

松尾 僕も岡村さんが言ってたみたいな、天井の高いマンションに1人で住んでたときもあったんですよ。そのときは「いっそコーディネートしてやってみよう」と思って、マガジンハウスに出入りしてるインテリアコーディネーターの方に「これだけのお金で全部カッコよくしてください」とお願いしてやってみたんですけど、長続きしなかったです。

岡村 やっぱりその状態を続けるのが大変ですよね。

松尾 そのとき猫飼ってたんで、革張りのソファーが1日でダメになって。

岡村 (笑)

松尾 猫とインテリアはね、相性悪いですよ。

松尾スズキと岡村靖幸

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