NakamuraEmiがアルバム「KICKS」をリリースした。本作には他アーティストをゲストに迎えたコラボ曲も初収録。共作曲の制作を経て彼女が手にしたものとは。
取材&文/小林千絵
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──アルバムリリースは「Momi」から数えて2年10ヶ月ぶりとなります。まずひさしぶりにフルアルバムが完成した今の率直な心境を教えてください。
初心に返った感じがあります。コロナ禍の間にもアルバムを作りましたが、インストアライブもできないし、サイン会もできないし、ライブでも声出しができないという今までとは全然違う環境だったので、今回ひさしぶりに、こうやって対面でインタビューをしてもらったり、インストアライブやサイン会ができたりしてうれしいです。私はそれまでコラボレーションなども断っていたのですが、ライブを主催すること自体が難しいコロナ禍に、私のことをツーマンライブに誘ってくれる人がたくさんいて。そのツーマンライブで初めてみんなでセッションしたり、コラボレーションしたりしていく中で、自分の心もオープンになっていった。そういう経緯でできたアルバムだったので、初めてのことにいっぱい挑戦した。そういう意味でも、初心に返ったような感覚です。
──まさに今作には、フィーチャリングゲストを呼んだ楽曲がいくつも収録されています。まずはMummy-Dさんを迎えた「祭(feat.Mummy-D)」。一緒に楽曲制作をすることになった経緯を教えてください。
昨年から三重県桑名市の「魅力みつけびと」のアンバサダーを努めさせてもらっているのですが、それはMummy-Dさんが推薦してくださったことがきっかけで。私とDさんと市長や市役所のみんなとゆっくりお酒を飲みながら桑名市の話をしていたときに、Dさんとすごく近くなれたような感覚があったんです。今までは憧れすぎていて距離を感じていたけど、そこで初めて人間として話ができた感覚がありました。そうやって繋いでくれた桑名市のことや、桑名市で祭りが受け継がれていく素晴らしさを曲にしたいと思いましたし、この機会にDさんを誘わなきゃと思ってお声がけさせてもらいました。
──制作するなかでMummy-Dさんとどのようなやりとりがあったのでしょうか?
私たちとしては、もしかしたらDさんが参加できないかもしれないということも考慮して、ほぼほぼできあった状態で「ここに入れてくださいませんか?」という形で曲をお渡しさせていただいて。レコーディング当日までどんなものが来るのかわからなかったのですが、当日立ち合いもさせてもらえて……あれは何という感情なんだろう。冷静にならなきゃと思いながらもずっと高揚していて。震え上がるような体験でした。
──Mummy-DさんはEmiさんにとっては憧れの存在だったそうですが、一緒に曲を作ってみて、その気持ちに変化などはありましたか?
「この人とまた一緒に音楽を作れるような自分でいたいな」とすごく思いました。こんなに長く音楽をやられているのに、今でも「もっとうまくなりたい」という思いでラップを勉強していて。「祭(feat.Mummy-D)」のミックスにも丁寧に向き合ってくださいましたし、とにかく積み重ねる方なんだということを背中で見させてもらったので、そんな方に「また一緒にやろうよ」と言ってもらえる人間でいたいなと。
ちゃんと思いを伝えることで見える景色がある
──「雪模様」はもともとデビュー前の手売り販売CDに収録されていた曲。この曲を今回フィーチャリングゲストにさらささんと伊澤一葉さんを迎えて、改めてレコーディングしようと思ったのはどうしてだったのでしょうか?
「雪模様」は今はもう販売していないCDに入っている曲なのですが、すごく好きで、今でも冬になると必ず歌っているんです。お客さんからも、ちゃんとCDで聴きたいという声をいただいていて。ただ、手売りCDに入っているアレンジがすごく良いから、録り直すにしてもこれ以上どうしたらいいんだろうと悩んでいました。そんなときにさらさと伊澤さんと出会って。自然界のパワーを感じる2人だったので、「この2人を迎えてアレンジしよう」ということになりました。
──ずっと歌い続けてはいらっしゃると思いますが、2015年に作った曲を振り返ってみて、ご自身の変化や成長など何か感じるものはありますか?
あの頃は“周りの人”というものが一切頭の中になくて。自分が見たもの、自分が感じたものしか書いていなかったので、本当に自分だけだなと感じました。すごく純粋なものが詰まっていて、歌っていると自分もその頃に戻れる感じがあって。いい意味で、今じゃ書けない曲だなと思います。
──そんな曲を、さらささんと一緒に歌ってみたわけですが、いかがでしたか?
さらさが歌ったデモを聴いて、うわーって声を上げました。自然と出てくるさらさの歌の癖や声がすごくハマっていて。「この人に全部歌ってほしい」と思いました。さらさの表現と声のタッチと、彼女の持っているすべての才能が、曲を何十倍にもしてくれたと思います。
──伊澤さんも、ライブでの共演はありますが、音源制作を共にするのは初めてですよね。
はい。伊澤さんのことは、東京事変の「落日」という曲で知ったので、Dさん同様にずっと憧れていた方。音楽を一緒にやるという発想がなかったのですが、カワムラさん(共に楽曲制作をしているプロデューサー・カワムラヒロシ)がサーフィン仲間で。伊澤さんがまとっている自然界のパワーが「雪模様」にリンクしそうだなと思ってお願いしました。デモを聞いたとき、伊澤さんがこの「雪模様」を感じるとこの音になるんだということに感動して。その段階でもう最高でした。
──さらにXinUさん、MASSAN×BASHIRYを迎えた「Hello Hello(feat. XinU) -NakamuraEmi&MASSAN×BASHIRY」も。この曲はライブイベントで披露したことがきっかけで完成した曲ですが、改めて音源として完成した楽曲はいかがですか?
XinUはインスタで流れてきて「なんだこの声は」と衝撃を受けてフォローしたことがきっかけで興味を持ったシンガー。MASSAN×BASHIRYは私が上京したての頃にライブを見に行って、すぐ大ファンになって。CDを買って「サインしてください」と言ったことから関係がスタートしています。だから「好き」と伝えることって大事なんだなと改めて思いましたね。それがDさんにも、伊澤さんにもつながっているわけですし。私は普段なかなか自分から「好きです」と言えないですけど、ちゃんと思いを伝えると、新しい景色が見られるんだなということを、このアルバムで実感しました。
スニーカーを選ぶように聴く曲を選んでもらえたら
──濃いフィーチャリングトラックが3曲ある中で、他の楽曲はどのように作ろうと考えていったのでしょうか?
アルバムを作る上で、全体的な構想はなく、出来上がったものを詰め込んでいくという形だったのですが、おっしゃる通り濃い人たちとのコラボ曲が3曲あったので、もしかしたら、コラボに助けてもらうアルバムになってしまうかもしれないと思って。ひさしぶりにリリースするアルバムだし、コロナ禍も乗り越えてきたのに、そこで出すものが誰かに引っ張ってもらう作品で良いのかなと思って。そこで、アルバムを引っ張ってもらう曲を作ろうと思ってできたのが1曲目「火をつけろ」でした。
──アルバムを引っ張ってもらう曲として、人とのコミュニティをテーマにした「火をつけろ」を作ったのはどうしてだったのでしょう?
今は携帯電話一つで何でもできちゃう。便利だし、みんな忙しいからそれはそれでいいのかなと思うんですけど、それぞれ心の内を文章にする力や表現方法は違うわけで。例えば「うれしい」という感情を表すにしても「うれしい♡♡♡」って絵文字をつける人もいれば「うれしい」と文字だけで終わらせる人もいる。でもその感情の濃さはそれだけじゃ測れない。「こう思っているのかな、っていうことはこうやって返したほうがいいのかな」というループで、自分の感情がよくわからなくなっちゃった時期があったんです。でも会って話したらすぐに解決した。いろんなコミュニケーションツールが生まれていますけど、やっぱり実際に会って、表情を見ないとわからないことってたくさんあるんだなと思いました。同じようにコミュニケーションを取ることが苦しくなって、自分を見失いそうな感覚に陥っている人には「その人とおさらばすることも大事だよ」と言える曲になったらいいなと思って、この曲を書きました。
──そうして多彩な10曲が収録されたアルバムが完成しました。「KICKS」というタイトルに込めた思いを聞かせてください。
コラボも含めて自分自身が新しいことに“蹴り出していく”という思いが一つ。また、いろんな方の歩んできた道が入ったアルバムになったので、“足跡”という意味もあります。「KICKS」にはスニーカーという意味もありますけど、「今日はどの靴にしようかな」ってスニーカーを選ぶみたいに、この10曲の中から「今日はこの曲にしよう」って選んでもらえるようなアルバムになったらいいなという思いも込めました。
──今回コラボ曲に挑戦してみたことで、今後の音楽制作や活動にも影響はありそうですか?
今までは、自分の中に一本ブレない軸ができてからじゃないと、先輩たちとコラボしても引っ張られちゃって自分の音楽ができないだろうなと思って足踏みしてきたんです。でもいろんな経験を経た今は「失敗してももう一回やればいいや」という考え方に少しずつなってきたので、一歩踏み出すことができました。その結果、めちゃくちゃ刺激をもらったので、いろんな人と音楽を一緒に作るということは今後もチャレンジしていこうかなと思っています。それこそ自分からお声がけして、初めての対バンツアーも決まりましたし。それも、このアルバムがあったからこそできた挑戦なのかなと思います。
NakamuraEmi●神奈川県生まれ。
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