初回から最終回まで趣向を凝らした演出や謎が謎を呼ぶ伏線、個性的なキャラクターに、それを描く三谷幸喜の世界観など、さまざまな角度から見ても視聴者に大きな印象を残し、名大河作品となった『鎌倉殿の13人』(NHK)。
不定期ながら考察やキャストインタビューを通して本作を追い続けたTV Bros.WEBでは、本作がどうして名作たり得たのかを、第13回の不定期連載でテレビコラムニスト・木俣冬が読み解いていく。
文/木俣冬
写真提供/NHK
【総集編放送情報】
大河ドラマ『鎌倉殿の 13 人』総集編(全 4 章)
NHK総合
2022年12月29日(木)
第1章 午後1・05~2・15
第2章 午後2・15~3・20
第3章 午後3・25~4・31
第4章 午後4・31~5・40
- 『鎌倉殿の13人』が名作になった13の理由
- 山本耕史「襟を触っていたシーンをぜひ見返してほしい」【鎌倉殿の13人・不定期連載】
- 小池栄子「ラストシーンの台本を読んで放心状態みたいに…」【鎌倉殿の13人・不定期連載】
稀代のストーリーテラー三谷幸喜にぴったりだった題材「吾妻鏡」
「併し、文学には文学の真相というものが、自ずから現れるもので、それが、史家の詮索とは関係なく、事実の忠実な記録が誇示する所謂真相なるものを貫き、もっと深いところに行こうとする傾向があるのはどうも致し方ない事なのである」
小林秀雄の評論『実朝』に、『吾妻鏡』について書いた一説がある。小林秀雄は『吾妻鏡』が編纂者等の勝手な創作にかかる文学が多く混入して見えるのは、今日の史家の定説のようであると前置きしたうえでこのように書いた。
三谷幸喜、3作目の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK)は、かの『吾妻鏡』を原作にして書かれた。創作文学的な『吾妻鏡』にさらに三谷の創作が加わったそれは、『新選組!』(04年)、『真田丸』(16年)と来て、どれもとてもおもしろかったが、最新作が最高作というごとく『鎌倉殿』が前2作を超える作品になった理由は、小林の言うところの、事実よりももっと深い、文学の真相に行き着いたからであろう。『義時の最期』を描いた坪内逍遥もあとがきで「芸術上に利用すべき史的題材としては、こういう(吾妻鏡のこと)曖昧なのが最も都合がよい」と書いているように、『鎌倉殿』が三谷大河のなかでこれまで以上の傑作となり得た要因のひとつは、題材選びの勝利と言っていい。“新選組”も“真田幸村”もあまりに有名で、誰がいつ何をしたかを知っているひとは多く、ファンも多く、一家言ある者も多い。それに比べて北条義時と鎌倉幕府は、鎌倉幕府と源頼朝は知っていても、北条義時って何したひとだっけ? と思う人も少なくなかった。唯一の公式文書『吾妻鏡』が北条家に都合よく書かれていると言われているのだから手出しのしようがない、の反対で、手出しし放題。そこが稀代のストーリーテラー三谷幸喜にぴったりであったことだろう。三谷は鎌倉時代の公式資料『吾妻鏡』を原作にしながら、『吾妻鏡』の抜けたところを見事に埋めて『吾妻鏡』の完全版にしていったようなものである。ときに『吾妻鏡』に書いていないことも盛り込んだところで、北条家にとって都合のいいように書いていると定評のある書物だからこそ、誰に咎められることもない。最高の題材との出会いによって三谷幸喜の才能が存分に発揮された。そしてそれは、小林秀雄が言うように、もしかしたらこれが真実かもしれないと思わされるほどに迫真だったと言っても過言ではなかった。といっても誰も真実を知らないのだけれど、『吾妻鏡』や『愚管抄』や当時の記録を読んだり、永井路子や太宰治の小説を読んだり、大河ドラマ『草燃える』を観たりして面白かったけれど、『鎌倉殿』は義時(小栗旬)や政子(小池栄子)はほんとうに「上皇様を島流しにした大悪人」でも「身内を追いやって尼将軍に上りつめた稀代の悪女」(第48回、政子のセリフより)でもなかったのかもしれないと感じさせた。とはいえそこに至ることは容易ではなく、全48回、創作を積み重ねてきた力である。そこで『鎌倉殿の13人』が名作になった理由を13個挙げてみよう。
1:考察ミステリーの要素も
前述したように、原作にした『吾妻鏡』を誰が書いたかもよくわからず、多分に北条家に都合よく書かれていて、正誤が曖昧であり、創作の自由度が高かった。ただし、大河ファンには「待ってました」の名場面を何度も観たい、知っていることを追体験したい層も多い。その層には前半、源平合戦にはじまり、義経(菅田将暉)、頼朝(大泉洋)の悲劇を描いて惹きつけた。
また、頼朝の死、実朝(柿澤勇人)の死など謎に満ちた部分が多く、『古畑任三郎』シリーズでオリジナルミステリードラマを手掛けてきた三谷の手腕が光る題材だった。おりしも世間は考察ブーム。多くの者が死んでいくのは、すべて北条家が権力を得るために義時が考えたことなのか、最後までわからないように描かれていた。
2:前半の最大ポイント 八重の存在
八重(新垣結衣)は伊東祐親(浅野和之)の娘で、政子が頼朝の妻になる前に頼朝との子供を産んだと言われているが、詳しいことがわからない。様々な伝承が残るのみ。三谷はこの八重を、義時の妻になった説を生かして、泰時(坂口健太郎)の母とした。悲劇の自害の伝説もあるがそれを採用せず、どんなに追い詰められてもしたたかに生き、死因は川に流された子供を助けることとした。この八重の生き方が義時の行動原理に大きな影響を与えた。
3:死者がみんな愛おしい
毎回のように誰かが死んでいく。上総介(佐藤浩市)、木曽義仲(青木崇高)、義高(市川染五郎)、義経、畠山重忠(中川大志)、頼家(金子大地)、和田義盛(横田栄司)、実朝(柿澤勇人)等々、枚挙にいとまがないが皆、粛清のような陰惨な形が多く、観ていてしんどくもなるのだが、死の前に何かいいことを言ったりやったりして惜しまれながら散りゆくようになっていて、悲しいけれどカタルシスが得られるように配慮されていた。
4:愉快なホームドラマ
放送前の会見で三谷は物語を「サザエ(政子)とカツオ(義時)が手を組んで、マスオ(頼朝)の死後に、波平(時政)を磯野家から追い出す」と説明しており、ダークな「サザエさん」なのだなと視聴者は理解した。つまり、ダークなことを行うホームドラマ。その後も何かと「ホームドラマ」を強調し、たしかに第一話から北条一家のキャラクターの魅力、関係性の面白さ、会話の妙を描き続けた。政子が頼朝というすごい人物と結婚してしまったばかりに権力争いに巻き込まれ、でもどんなことがあっても何がなんでも家族を守ろうと次男・義時は頑張るのである。三谷のコメディ要素は北条家パートで生かされた。身内を殺そうと決断をするエピソードでも、笑いを入れることで、陰惨さが回避されていた。
5:女性が生き生きしている
政子や八重のほか、時政(坂東彌十郎)の若き妻りく(宮沢りえ)、後白河上皇の愛妾・丹後(鈴木京香)、政子の妹・実衣(宮澤エマ)、八重の後妻に来た比奈(堀田真由)、泰時の妻・初(福地桃子)、後半のキーマンとなるのえ(菊地凛子)など女性たちがたくましい。
決して戦う男たちに巻き込まれて悲劇の人生を終えるのではなく、むしろ彼女たちが男たちを焚き付けているようにも見える。
6:主人公がヒーロー然としていない
義時が地味でいつも悩んでいて、粛清されていく人たちのほうが意思が強く鮮烈な見せ場をもっていなくなっていく。この義時の地味さは意識的なもので、実はことごとく悪だくみをしているのではないか。そのつもりがないのに、ひとが亡くなってしまうようなことが幾度もあるのは、義時がそのように巧妙に企んでいるのではないかと最後まで気になったが、最終回を見るとそれこそがミスリードだったのかなとも思える。つまり小栗旬は見事なミスリード演技をし続けたのだ。
7:オリジナルキャラが魅力的
中盤まで盛り上げた功労者は善児(梶原善)。御家人たちに雇われ、殺しを仕事にしている。八重と頼朝の子供にはじまって、頼家の長男・一幡まで多くの者たちが狙われた。最初の頃は彼が出たら陰惨なことが起こると不謹慎ながら楽しみになっていて、実朝も義時もみんな善児が殺るのではと予想されていた。が、孤児・トウ(山本千尋)に家族の復讐をされてしまう。思えば、善児の因果応報的な死は、義時の未来を暗示していた。仕事のために粛々と人を殺していた善児と義時は非常に相似形の存在であった。つまり善児が消えたことで彼の宿命が義時に吸収されたと言えるだろう。ここはリア王と道化のような関係性のようである。
8:オマージュがたくさん
『鎌倉殿』を描くうえで『ゴッドファーザー』『仁義なき戦い』『スター・ウォーズ』『ブレイキング・バッド』を観ていたと、『三谷幸喜の言葉〜「鎌倉殿の13人」の作り方〜』で語っていた三谷。ほかにシェイクスピアやアガサ・クリスティを例えに出すこともあった。
小栗旬は吉田照幸チーフディレクターから『ゲーム・オブ・スローンズ』を見るように言われていたそうだ。過去、同じ時代を描いた大河『草燃える』も合わせて関連作品として見るのも楽しみのひとつになった。最終回、三谷はアガサ・クリスティのある作品を参考にしたと語り、その作品は何か? と考えるのも楽しみになった。結果、名探偵ポアロの最後の事件を描いた『カーテン』ではないかという声がネットではあがっている。確かに、なるほど〜と思う点がある。
9:やっぱり伏線があった
最近のテレビドラマ、何かと「伏線」を期待されるのだが、最終回にタイトルの「13」を回収したところが鮮やかであった。ちょっとやそっとで視聴者が伏線と気付いて回収を予想するようなものは伏線ではないのである。
10:騙し合いのおもしろさ
昨今のドラマで好かれる要素に「考察」「伏線」「騙し合い」がある。騙し合いパートは三浦義村(山本耕史)が担った。本来、義時が最大の騙しキャラなのだろうが、善人か悪人か最後までわからなくしないといけない分、途中、途中で明快な欺きと答え合わせを義村がやってみせることで、視聴者の溜飲が下がる。ただただ自分及び三浦家が得するために考えを翻し続ける義村は、ともすればいやなやつに見える危険もはらんでいたが、山本の軽妙な演技で憎めない存在となった。
11:子供を大事に
愛する八重の忘れ形見・泰時を最後まで大事にした義時。八重は頼朝の子供を失い嘆いた末、みなしごを育てるようになった。善児は自分が殺した人物の娘トウを育て、彼女に殺された。政子は4人の子供を失い、その哀しみを抱き続けた。のえは自分の子供が北条家の跡継ぎになれないことを嘆いた。子供に可能性があるからこそ、ときに芽を潰すこともあれば、大事に守って未来につなげたいと強く願うこともある。三谷は『三谷幸喜の言葉〜』で、自分の父親とは縁が薄かったが子供ができたことで、『真田丸』から父子を描くようになったというようなことを語っていて、その気持ちが『鎌倉殿』でより深まったように感じる。とりわけ少子化が問題となっている現代、子供の未来は視聴者にも刺さったことだろう。
12:イベントがいっぱい
最終回直前に主要出演者たちが集まったトークショーやライブビューイングなどを行い、ファンの心をがっちり掴んだ。もともと大河ドラマはご当地を盛り上げることも目的になっているので、初回も地元で会見やライブビューイングを行う(TV Bros.WEBも初回の会見取材には馳せ参じた)のだが、観覧席には限りがあり、落選するひともいる。『鎌倉殿』は落選したひともネットで見られるようにした(サーバーが落ちてしまうという惨事もあったが)。これでますますSNS対策は万全。SNS の盛り上がりは初回から最終回まで好調だった。
13:作家の時代の復権
善児の梶原善や畠山の中川大志など、脇役ながら注目された俳優がたくさんいるドラマはいいドラマ。最終的に、主演の小栗旬も余韻のあるいいラストシーンを演じきることができて、三谷幸喜の作品は登場人物が全員、大事にされていると言われる。確かに、俳優がみな魅力的に見えたけれど、最終的に“三谷幸喜”が最も目立っていたと思う。かつて、映画は「1スジ(脚本)、2ヌケ(撮影技法)、3ドウサ(俳優)」と言われていたこともあるように、映画ではないが、ドラマだってまずは脚本なのである。それが1スター俳優、1演出のような時期もあって、脚本家がいろんな人の意見をまとめる人みたいな感じになっているものも増えた。それが、三谷幸喜のホンは信頼できる、面白い、と三谷幸喜の『鎌倉殿の13人』がまず最初に名前が挙がることはとても大事なことだと思う。
『鎌倉殿』がはじまったとき、福田雄一とごっちゃにしていたようなSNSの書き込みを目にしたことがあった。メインキャスト――小栗旬、大泉洋、佐藤二朗などが福田雄一作品に多く出演していたことと、物ごとの裏側を描くメタ手法が得意でコメディが主戦場、という点において後発の福田雄一が『新解釈・三国志』で40億円超えの大ヒットを飛ばしていたからだろう。わかるひとにはこのふたりは全然違うことがわかるわけで、実際、いまではそんな書き込みはまったく見なくなった。三谷幸喜は見事に三谷幸喜という作家の豪腕を世に突きつけたのだ。
余談だが、三谷はこの暮れ、彼の作、演出舞台「ショウ・マスト・ゴー・オン」である事情で休まざるを得なくなった4人の俳優の代役を次々にやった。小林隆、シルビア・グラブ、浅野和之、鈴木京香……奇しくも全員『鎌倉殿』の出演者(そもそも『鎌倉殿』出演者がかなり多いキャスティングなのだが)。いくら自分が書いた登場人物とはいえ俳優をメインにやっているわけではない三谷が4人もの役を急遽演じることはかなりの負荷であったことだろう。筆者は配信で、鈴木京香の代役をやった三谷を見た。そして、改めて、三谷幸喜は“持っている”ひとなのだと思った。三谷幸喜はおもしろい、『鎌倉殿の13人』もその一言に尽きる。
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