押井守のサブぃカルチャー70年「YouTubeの巻 その9」【2022年6月号 押井守 連載第44回】

押井さんがよく見るという食系YouTubeチャンネル「ニカタツBLOG」の話題を通して、YouTubeに見える「幸福」と「食」について考察します。「幸福」というお話から、かつての監督作『スカイ・クロラ』での当時の意気込みも吐露します。
取材・構成/渡辺麻紀

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<新刊情報>

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当連載がついに書籍化しました。昭和の白黒テレビから令和のYouTubeまで、押井守がエンタメ人生70年を語りつくす1冊。カバーイラスト・挿絵は『A KITE』(1998年)などを手掛けた梅津泰臣さんが担当し、巻末では押井×梅津対談も収録。ぜひお手に取ってみてください。

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押井守/著
『押井守のサブぃカルチャー70年』
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発行:東京ニュース通信社
発売:講談社
カバーイラスト・挿絵:梅津泰臣
文・構成:渡辺麻紀

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自分が楽しくないと映画を作る意味はない

――前回は食べ物系のユーチューバー、ニカタツさんの巻その1でした。チャーハンをおかずにご飯を食べたりと、独特の食べ方でB級グルメを楽しんでいるとおっしゃってましたね。

そう、人それぞれの食べ方ですよ。昔、とても仲がよくて一緒に映画を観に行っていたヤツ――まあ、そのあとケンカしちゃってこの20年間、口をきいてないんだけどさ。彼のラーメンの食べ方も独特だった。まずは麺の上に乗っかっている具を全部食べる。それからおもむろに麺にとりかかる。いつもその食べ方なので、あるとき聞いてみたんだよ。なぜ、そういう食べ方をするのか。答えは「この食べ方が一番落ち着く。麺は気を散らさずゆっくり食べたい」ってね。そうやって、みんなそれぞれの食べ方があるんです。

――そういう押井さんはどうなんですか?

麺を宙に晒し、まずは冷ませてから口に入れる。猫舌なんでそうなったんですよ。うな重のときも同じ。蓋をとってしばらくしないと食べられない。そういうこともあって、出前が好きなんだよね。ちょっと冷めた出前の蕎麦とかカツ丼とか。昔のどんぶりの蓋は木製で、それを開ける瞬間が好きだったよね。いまはラップになっちゃったけどさ。

――やっぱり人それぞれですね。

ニカタツさんはコロナのとき、いかにして自分の食べ方を実践するか思案していた。外食出来ないから、馴染みの店に行ってでっかいスペシャルな弁当を作ってもらい、それを公園に持って行って食べる。折り畳みのテーブルを持参して外食の気分に浸る。家で食べるときもあって、古民家のような家を自宅と言っているけど、明らかに違うよね。そういうことを楽しんでいる。
顔も出しているし、一応、名前も明かしていて、自宅も出している。どこまで本当かはわからないけど、そういうところが面白い。もちろん、本気で調べればわかるとは思うよ。でも、どういう人なのかを想像するのが楽しいからそんなことはしないよね。

――ニカタツさん、イケメンと言われているようですよ。

そうなんじゃない? ニカタツさんはアンチがいない珍しい人。野心がない人はアンチがいないんだよ。自分の幸福論を追求しているだけだから。奇をてらわない、大向こうを狙わない、蘊蓄を押し付けない、だからアンチが生まれにくい。だから登録者もそんなに増えない、バズることもない。100万なんてどうがんばっても行かない。おそらく10万、20万くらい。月収にすると4,50万くらいじゃないの?
慎ましく生きればこれで十分ですよ。

――押井さん、野心がないとおっしゃいますが、こうやって人に見せようとするのはどうなんですか? 野心じゃないの?

それは野心とは言いません。

――承認欲求?

いや、それとも違う。承認欲求が強ければ、もっといろんなことをやると思うから。
世にいうユーチューバーって野心があるんですよ。これで有名になりたいとか、大儲けをしたいとか。いわゆる上昇志向がある。でも、このニカタツさんを始め、私が好きなチャンネルの人はまずそういう人はいない。本来、YouTubeというのはそういうもんだと思っているけどね、私は。自分の好きなこと、やりたいことだけをやって100万、200万の人が集まるとは思えない。本当に好きなことだけだったら、やっぱり10万、20万人なんじゃない?
まあ、私の映画と同じですよ。やりたい放題の映画を作って、お客さんが100万、200万なんて来るはずがないんですよ。私が作る映画は、5%くらいの人しか興味がないとわかった上で作っているから。

――って押井さん、もしかしてそういうユーチューバーに共感して観ているんですか?

それはある。「Fラン大学就職チャンネル」も「ナカイドくん」も、やりたいことをやっているだけだから、20万は超えないんだよ。ナカイドくんはもっと増やしたいみたいだけど、前も言った通り、彼はポリシーがあるので100万なんて絶対に行かない。
私流にいうと、みんな自分なりの幸福論を追求しているんだよ。

――ということは、押井さんも自分の幸福論を追求しているってことですか?

私の生き方というのは、映画監督としての幸福論を追求しているんです。いかにして映画を楽しむかを追求している。

――それって押井さん、誰かを楽しませるんじゃなくて、自分を楽しませたいんですよね?

そうです。私は、自分が楽しくないと映画を作る意味はないんですよ。映画を当てようとしていろいろ考えるのはイヤなの。やりたくないんです!

――でも押井さん、普通の監督はそれをやるんじゃないですか?

そうかもしれないけど、私はイヤなんです!

――とはいえ、さすがに『パトレイバー』(『機動警察パトレイバー the Movie』<1989年>)のときは考えたんじゃないですか?

考えた。だってほら、監督生活の危機だったから。まずは儲かるものを作ろうとした。そういうことを考えつつ、やりたいことをやろうとしたんだよ。そのふたつをどう成立させるか、それをさんざん考えた結果が『パト』になる。

――人を楽しませることを考えなくなったのはどの作品から?

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