「この世界」を生きることについて(アニメ「Sonny Boy」に寄せて)【戸田真琴 2021年10月号連載】『肯定のフィロソフィー』

 ワクチンの2回目で熱を出しながら、2日間かけてとても久しぶりにアニメを見た。この前タワレコに行った時に店頭で展開されていた、江口寿史さん作画のショートヘアの女の子がジャケットのレコード。その説明に書いてあったタイトル。「Sonny Boy」。銀杏BOYZやザ・なつやすみバンドをはじめ、好きなバンドや好きそうなバンドがたくさん参加している。

 作品は全12話で、真っ黒い空のなかに中学校がひとつ。夏休みの8月16日、学校に集まっていた生徒36人が学校ごと別の世界へ漂流してしまい、それと同時に何人かの生徒には超能力のような特殊能力が授けられるという設定で物語が始まった。主人公の少年長良(ながら)、転校生の少女・希、重力を司る強力な超能力を手にした朝風、三匹の猫と暮らす瑞穂……個性的と言えば個性的だけれど、その個性は現実にもいそうな範囲を出ない。

「誰かに見捨てられたことが、誰かを見捨てる理由になるの?」「この世界は逆さまで、大きな穴なんだなあ」「人生は果てしない徒労だ。でも、まったくの無意味だからこそ、生きているこの瞬間、輝きは尊いと思うんだ」「どうせ、僕たちに世界は変えられないんだ。だから、大丈夫だよ」はっとするようなセリフの数々は、フィクションの中のものと割り切れるレベルを超えてこの現代を生きている視聴者の胸に突き刺さっていく。

 設定や展開は難解で、その複雑さは監督自身の芸術や量子力学、世界を解き明かそうとするさまざまなものに対する造詣の深さからもきているのだと思うけれど、その「わからなさ」が全くマイナスにならないシンプルな魅力が詰まっている。かくいう私も第1話から数話の間は、見終わるたびに「わからん……でもキャラデザと絵がいいな」「わからん……でもいい台詞があったな」「わからん……でもサントラがいいな」などと頭を抱えながら見ていたものの、ほんとうにここに解き明かすべき重要ななにかがあるのかどうかは正直掴めていなかった。

 

 その鑑賞態度を変えたのが第6話「長いさよなら」だった。第1話で学校ごと真っ黒の世界に漂流した少年少女たちは、やがて長良の能力で別の「この世界」を作り出すことができることに気づく。無人島で原因不明の青い炎によって火事が起きたり、生徒の一部が真っ黒にフリーズした状態で見つかったりと、これまで問題が起こってはそれを解決することで「この世界におけるルール」を知っていく、という流れで進んできた物語が、第6話で辿り着いたのは「フィルムメーカー」という映画館を模した世界だった。そこでは、長良の視点で見てきたものたちがフィルムのかたちで記録されており、その映像を編集することで、そこで起こったことを変えられるのではないかという仮説が立つ。長良と、クラス1の賢者であるラジダニはそれを利用して、彼らの本来の卒業式の日に自分たちを登場しているように編集しなおす−−いわゆる”ディレクターズカット“をつくることで、もとの世界に帰ろうとした。

 ここでの展開が秀逸で、彼らはもとの世界に入り込むことには成功したものの、そこにいる人たちには触れることができない。「いないもの」として存在するしかなくなる。希はもとの世界の自分が死んでしまっていたことを知り、他の生徒たちも、自分以外に存在している「こちらの世界の自分」を目撃して狼狽えることになる。

 そこで「神」を名乗る校長が、長良に対してこう言う。「君は世界を作り出しているのではない。可能性の箱を開けているだけの、ただの観測者なんだよ。君がいるから、この世界は存在している」

 そこで彼らが知ったのは、「元の世界」にとって、自分たちは「選ばれなかった側の自分」だったということだった。ラジダニは悟るように、「これは漂流なんかじゃなかった。神が振ったサイコロだったんだ」と言う。卒業式が行われる中で、帰る場所を失った少年少女たちが、打ちひしがれる中で第6話が終わる。

 

 物語の中で何度も繰り返される、「僕たちには世界を変えることはできない」というセリフは現実という「この世界」で生きる我々の胸にも自分ごととして重く響く。また、この世界に満足していないどころか諦めることばかり覚えさせられる現実のなかで、別の可能性――それがたとえ現実逃避と揶揄されるような思考回路であっても、今のこの世界ではない別の可能性の自分を覗き見るということを無意識にしている人は多いのではないか。顕著なところだと、大衆がフィクションに求めるものがファンタジーを超えて、異世界転生もののような「現実世界を完全に捨てて、もっと良い(おもしろい)世界の中を生き直す」という欲望に変わって久しいことにも現れているのだと思う。これに対する個人的な違和感はずっと拭えないながらも、私も私で、今生きているこの世界を変えられるとはもう到底思えなくなっている。そういう、重くのしかかりながらエネルギーさえ奪い取っていくような人為的な憂鬱のなかを生きることを余儀なくされている、そういう時代だ。希望を持つにはあまりに条件が悪すぎる。

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