おとどちゃん連載・11「ハッピーバースデイ、梅雨」

「好きな水族館ランキング」2年連続1位!(ねとらぼ調べ)今年で創業91周年の桂浜水族館。

高知県桂浜にある小さな水族館、大きな声で、いきものたちの毎日を発信中!

広報担当・マスコットキャラクターのおとどちゃんが綴る好評連載第10回をお届けします!

以前のお話はこちらから。

令和四年五月三十日、梅雨入りを目前に、老朽化したトドプール観覧席のテントの改修工事が始まった。

朝から大きなクレーン車が敷地内に鎮座し、家の屋根のような形でプールの両端に立っていた七本の柱が職人たちの手によって撤去されていく。浜辺に出て見上げると、アーチ型のエントランスよりも高くブームが伸びていて、水族館の裏手の山に鬱蒼と生い茂る木々と、その上に建つ施設がちょうどよく重なり、ひとつの巨大な建造物のように見える。観覧席側の柱だけ残して柱とテントは撤去され、たった二日でプールは完全な吹き抜けとなった。

それから一週間後、解体作業をした職人たちとは別の職人がやって来て、鉄骨が再構築された。観覧席に組まれている足場は複雑な形をしていて、下からでは方杖や梁を取りつける彼らの動きがよく見えない。

その点、二階事務所の窓辺は私にとって特等席だった。夢中で作業風景を見ていると、ひとりの職人と目が合った。呼吸を止めて見つめ合った後、彼は呆れた風に少し首を傾げ、ヘルメットの陰で口角を上げて笑った。もうここからはなにも言えない星屑ロンリネス。突然の出来事に高鳴る心臓を押さえ、風に揺れるレースのカーテンをサッと閉めて急いで一階事務所へと戻った。危ない危ない。二階から恋に落ちるところだった。危険予知、ヨシ。KY活動完璧だ。

柱に梁がつくと、青色のテントが張られた。梅雨の晴れ間に鉄骨の銀とテントの青がよく映える。高所作業が終わり足場が撤去されると、間髪入れずにエントランスの増築工事が始まった。

約四十年前にある建設会社によって建てられた桂浜水族館は、これまでにもさまざまな改修工事を行ってきた。自分たちでできる補修は自分たちで行うが、大きな工事で職人の手によって施設が築かれ未来が創られていると思うと、これからもなんか変わり続けるこの小さな水族館に、たくさんのいのちが交差するひとつの大きな「街」を感じた。時どき思う。ある日ふと空き地になったその場所に在ったもののことを、私はいつまで忘れないでいることができるのだろう。いつか桂浜水族館がなくなった時、私たちは誰の記憶の中で生き続けるのだろう。誰にも忘れられたくない人たちがいる。どうしたって忘れられないいのちがある。私がつくる映画はきっと、エンドロールが大渋滞だ。

東京に続いて四国が梅雨入りする数日前のこと、桂浜水族館は公式ホームページで「ショータイムの廃止」を打ち出した。

そうして全面的にショータイムを廃止すると、飼育員たちに心の余裕が生まれ、生きものと向き合う時間が増えた。

ショーのための台本づくりや音楽選定、道具や人前に立つ心の準備にかけていた時間がなくなったことで、より質の高い遊びや運動を考案し、実際にそれができるようになった。決まった時間に誰かに向けてパフォーマンスをしなければならない不安や緊張から解放されることによって、人こそが純粋に楽しみながら生きものとトレーニングを行えるようになった。

令和二年に新型コロナウイルスの感染拡大を受け、それまで毎日開催していたトドやアシカのショーイベントを中止していたことで、私たちは、またひとつ私たちらしさを手繰り寄せたのだ。

ショータイムを廃止したからといって、一日中生きものたちが放置されているわけではない。もともとショーは生きものたちが運動を交えながらご飯を食べる時間で、それをイベントのひとつとして観覧席に人を集め、飼育員が生態解説を行っていた。

桂浜水族館は、ポリシーとして「生きものに無理をさせない」というものを掲げている。飼育員が生きものと話をする中で、彼らの心や身体の微妙な変化を読み取り、これまでも彼らが「ショーをやりたくない」と言えば、それに合わせて内容の変更や中止を決めてきた。海獣は発情期に入ると食欲が大幅に低下する。

ショーで主演を張ってきたカリフォルニアアシカの「ケイタ」もこの時期になると「三度の飯より女の子」とガールズに夢中になるため、食欲を手離し、たとえショーを行っていても突然プイッと主演を放棄する。飼育員は、待ってましたと言わんばかりに「ケイタくんがもうやりたくないって言ってるので、これにてアシカショーは終了です!」と、イベントを終わらせる。開始一・二分で潔く幕を閉じた時もある。

しかし主演男優がいなくなった時こそ、助演男優である飼育員たちの腕の見せ所だ。なんだ、これで終わりかと席から立ち上がろうとする観客を「ちょっと待ったー!!」と制して、持ち前のトーク力と底抜けの明るさで、観客参加型の海獣クイズを行ったり、面白おかしく生態解説を披露する。

飼育員による約十分間のパフォーマンスが終わり、観覧席を後にする人たちの「つまらなかった」という声を耳にしたことはない。それは、「なんか変わるで」と始めた改革の一環として飼育員を全面に推しだした戦略が実を結んだ結果のひとつだろう。来館者の中には、魚や動物はもちろんだが飼育員に会いに来たという人もいて、むしろ飼育員によるトークショーの方を楽しみに来る人がいたりもするほどだった。

そんなショータイムの廃止については、二年以上中止していたこともあり、スタッフの中で異論を唱えるものはいなかった。

 

決まった時間にやるべきことをしない。

毎日タイムスケジュールを変えることができる新しい働き方は、飼育員たちにとってより刺激的な日々となった。飼育員たちが柔らかな表情で事務所にお菓子を食べに来る。他愛もない談笑で、館長や事務局スタッフも自然と笑顔になることが増えた。

動物は、人間の心を敏感に察知する。飼育員が生き生きと接することで、動物たちもどこか生き生きとしだし、もっと親密で濃厚な時間を過ごすようになった。その日いつなにが起こるかわからない状況も、動物にとっては刺激のひとつとなっているのだろう。これまでよりもずっと飼育員の働きかけに対して反応が良くなった。

 

 

けれど、ショータイムの廃止には大きな不安もあった。

理事長や館長、顧問と代表スタッフが集う月一の役員会議では、この件を世間にどう発表するかが何度も話し合われた。時代が変わりゆく中で、水族館や動物園といった施設の在り方も変わってきた。ショーについては動物福祉の観点から世界的に廃止の流れが起きている。

しかし、私たちが選んだ「ショータイムの廃止」は、「働き方改革」に重きを置いている。

桂浜水族館は六年前からずっと「人」にスポットライトを当てて水族館の魅力を発信してきた。

はじめこそ否定的な意見が多かったが、次第に受け入れられるようになり、今やツイッターのフォロワー数は二十三万人を超えて、高知県の観光地や施設の中でも情報発信力は群を抜いている。

そんな私たちがショータイムの廃止を打ち出すことが、社会や人々に与える影響は大きなものとなるだろう。やり方によっては水族館業界に波風を立てることにもなるかもしれない。このまま中止の流れを利用して静かにフェードアウトするのが得策か、テレビやネットのメディアを巻き込んで大々的に発表すべきか、会議では、どうするのが最善なのか皆で頭を抱えて唸った。そうして私たちが辿り着いた答えが後者だった。

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