ワレワレのモロモロ外伝 岩井秀人

正月早々、なんてことのない言葉に救われる。【岩井秀人 連載 1月号】

いわい・ひでと●岩井秀人、森山未來、前野健太の3人が美術家・彫刻家の金氏徹平とタッグを組み、『なむはむだはむ』初の展覧会を太田市美術館・図書館で開催! 
なむはむだはむ展『かいき!はいせつとし』
会期:2023年2月18日(土)〜5月7日(日)
会場:太田市美術館・図書館
公式HP

毎年お正月は、都合があえば我が妻、娘と共に近所の神社に初詣に行く。

例年、男岩井は正月こそ演劇をやってしまっていて集まれなかったし、今年に関しては我が娘が年末にコロナにかかり高熱プラス味覚障害で「味がわかるものを食べたい」と、カラムーチョばかり食べていてかわいそうな状態で、年末に予定していたスキーも、「いきなり本読み!」観劇も叶わず、ただただ「寝たきりでカラムーチョを食べている女子高生」しており、今年も集まれぬ様相だった。が我が娘、原因不明の急速なもちなおしを見せ、めでたくも岩井家全員揃っての初詣となった。

風は寒かったが天気も良く、いつもよく笑う我々3人、特に岩井と妻はよく笑っていたが、笑った話の内容自体は全く思い出せずにいる。まあそういうものなのだろう。きっと僕が死ぬ間際に思い出すのは、話した内容ではなく、それぞれの表情や、その背景となっている青空と小金井の低めのビル群とが合わさった景色に響く笑い声なのだろう。
などと言いつつも、我が娘との会話で覚えているものがある。娘の高校での話だった。

いつの時代もご多分にもれず校長先生の話が長いと言うのは、長き日本史いや世界史が始まって以来の継続的な問題なのではないかと思う。「校長先生」という役職が誕生した時から、この問題は発生していたように思えてならない。校長先生になるために、「相手の集中力が続く間に話を終えたら後頭部を蹴られる」みたいな訓練でも受けてるのだろうか。娘の高校もご多分にもれず、校長先生があまりに中身のない話をさも大した中身があるかのようにどえらい長い時間をかけて話すとのこと。

それを聞き、50も近づき「老人」と呼ばれることもそう遠くなくなった男岩井は、笑いながらも「父ちゃんも気をつけなくちゃなと思ってんだよね。でも気がついたらスゲェ長く話してたりすることよくあるんだよな〜」とソフトに本心を述べた。頼む助けてくれ。と、どこかで思いながら。この生まれながらの喋り病はどうやら死ぬまで治りそうもない。こないだもアフタートークにゲストとして参加したけど、30分のうち28分は一人で喋ってた。しかも聞かれてもいないことを。頼まれてもいない「作品の改善策」を。

せめて娘よ、何かしらフォローしてくれ。と瞬時に祈ったわけだが、その祈りが通じたのか、娘はポツリと「ひでいとのはまだ面白いからいいよ。」と発した。ちなみに「ひでいと」は娘による男岩井の呼称である。スタートは「パパ、ママ」だったが一瞬の「お父さん、お母さん」の時期を挟むか挟まないかして、いろいろな自意識を乱反射させて行き着いたのが、父である岩井秀人を「ひでいと」と呼ぶ、というスタイルであった。妻に関しては妻の実名とは関係がない。「ママ」が変形を重ねて「まあさ」になったとのことだ。本名は「田中」だが、「うじ」というあだ名の俳優がいて、その由来を聞いたところ、「最初は『田中氏』だったんですけど、どんどん省略されてっって『氏』だけが残って『うじ』になりました」という話を思い出さずにいられない。

さて、話を戻して「ひでいとのはまだ面白いからいいよ」という、なんてことのない言葉に根こそぎ救われた思いを抱いたのは、この男岩井である。「えーそうなんだふーん」となるべく平たくリアクションを取ったが、心の中では「えー! 面白いって思ってくれてんのー!」と、小躍りしていた。

いや、それくらいのことはちょこちょこ言われている。先に書いた、一人で喋り続けたアフタートークに関しても、「アフタートークでだいぶスッキリさせてもらいました」とか「めちゃめちゃわかりやすい解説で、笑いながら頷きました」的な感想をいただいたが、ある程度は人を退屈させないで話すことはできると思っている。技術というか、これは恐怖心である。逆にいうと、校長先生という種族の「人を退屈させながら、さらに喋り続ける」という現象は、それに対する恐怖心の欠如からなっている。

またもや横道に逸れてしまった。本題だけを話し続ける技術が欲しい。頼むよ校長先生、全部あんたのせいだ。

で、何が言いたいかというと、「娘」というものが「父」に与える影響のなんと大きいことか。例えばこの「校長、話長いわ」の会話の中でポツリとでも「ひでいとも長いよね」などと言われたら、男岩井は向こう何年間、人様の前で話すための準備時間や、まさに話している最中にそのトラウマに何度も襲われることだろう。そこら辺の人に言われても、「はあ、あんたにとってはそうかもね。この話が響くタイミングは人によってゴニョゴニョ」で済むが、実の娘から言われたら、御柱祭よろしく、巨大な丸太でみぞおちを打ち抜かれたくらいの衝撃がある。

そんな、社会から見れば「いっぱいいる高校生の一人」でしかない娘の「人の発言に対する批判」にも満たない発言が、まがりなりにも作家として2つくらい賞をもらった、言葉を生業とする大人の存在を大いに揺らしてしまうのだ。しかも嫁はいっつも笑ってるのにさ。お嫁大好き。

とにかく、私は救われたのだ。お正月早々。

思えば前日の夜、男岩井は夜食を摂るために車で出かける際、パジャマでテレビを見てる娘に「一緒に行く? びっくりドンキー行った後にドンキホーテとか行く可能性高いぞ?」と自信満々に言ったのだが、しっかりと断られた。我が娘は僕の目をまっすぐ見て、

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