おおね・ひとし●ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』、FODとU-NEXTにて全話配信中。
昨年末に、ドラマ『エルピス −希望、あるいは災い-』の仕上げ作業を終え、無事放送された最終話をもって自分の仕事はすべて終了した。
演出として作品にやり残したことは、何一つ無い。極上の脚本、タフなプロデュース、プロフェッショナルなスタッフワーク、演技を超えた何かを見せてくれた役者たち。スケジュールも予算もタイトだったが、それはいつものこと。限られた環境の中で、関わったすべてのスタッフ・役者が最高の仕事をしてくれた。あとは、Blu-ray・DVDのパッケージ、そして各配信サイトでこのドラマがいつまでも見続けられれば、もう何も言うことはない……と、思っていたが、ひとつだけ、どうしても残しておきたいことがある。
それは瑛太のことだ。
数年前から瑛太は、本名の永山瑛太となったので、本来であればフルネームで記すべきだが、オレにとっては出会った時から瑛太は瑛太であり、普段は“瑛ちゃん”と呼んでいるので、永山は端折らせていただく。『エルピス』で、連続殺人犯・本城彰を演じた瑛太だが、登場した第3話では冒頭に、役者・スタッフのクレジットが流れたのにもかかわらず、そこには名前がクレジットされなかった。事前の予告映像などでも告知はされず、ドラマをリアルタイムで観ていた視聴者は、突然の瑛太の登場にさぞ驚いたことだろう。「瑛太!?」「瑛太じゃん!!」「超怪しいキャラの瑛太!!」「え!? 瑛太が犯人なの!?」SNSは大いに沸き、ちょっとしたお祭り状態となった。
だが、以降瑛太が演じた真犯人・本城彰が、回想シーン以外で登場することはなく、最終話で逮捕シーンなどが描かれることもなかった。勿論、これは当初から脚本に書かれていたことであり、瑛太の登場は最初から、第3話で恵那(長澤まさみ)が、怪しいシャッター商店街で謎の店を営む男と遭遇する1シーンのみだった。制作の内幕や、キャスティングの内情などを明かすのは本意ではないので詳細は端折るが、諸々の事情があって、瑛太への出演交渉はオレが直接することになった。
あれは確かドラマクランクインの1ヶ月前くらいのことだ。通常、役者をキャスティングする場合、所属事務所やマネージャーを通じてコンタクトを取るのだが、数年前から瑛太はフリーで活動しているので、本人に直接連絡をして会うことになった。都内の某コメダ珈琲で待ち合わせていると、ジャージ姿の瑛太がフラリと現れた。
「お久しぶりです」
「ごめんね、突然」
「いやいや全然、で、何すか?」
「いやまあ、こんなカンジで会うってことは仕事の話なんだけどね」
「まあ、そっすよね」
瑛ちゃんとは、役者と監督という関係を越えた……友だち……ではないな……ソウルメイト? いやいや恥ずかしい……そんなに年がら年中会っているわけではないが、仕事やプライベートというカテゴリーでは割り切れない間柄だと、オレは勝手に思っている。根回しや、下手なネゴシエーションは必要ない。ストレートに本城彰役をお願いしようと思っていたのだが……
「いやまあその……来月から撮るドラマでね……ちょっとお願いしたい役があってさ」
「へえ、ドラマやるんすか?」
「うん、カンテレ枠で、長澤まさみ主演で」
「おー、モテキ以来じゃないすか」
「うん、でね……その中で、1シーンだけ登場する……なんていうかな……はっきり言って酷い役なんだけど……っていうか、まったく得がないというか……そのシーンも2〜3分しかなくて、まさみちゃんとちょっと絡むだけなんだけど……でも、凄く重要な役なのよ……」
その時のオレは明らかに目が泳いでおり、我ながら最低の交渉をしていると自覚していた。気の置けない関係とはいえ、目の前にいるのは瑛太だ。数々の代表作を持ち、映画・ドラマ・舞台で、数々の名演技を見せてきた、世代を代表する役者である。本城彰という役が、ドラマにおけるキーパーソンであることは間違いないが、客観的に考えても、今の瑛太がやる必要性は……無いだろう、普通は。
だが、瑛太が瑛太たる所以は、普通では無いということだ。そりゃ見た目はめちゃくちゃカッコ良いし、いわゆる“男惚れ”するほどのオーラを纏ってはいるが、オレが瑛ちゃんに惹かれるのは、常にどこかで破滅しかねない危うさを、身体の奥底に秘めているという部分なのだ。すなわち、普通じゃないのだ、瑛太は。だからこそ、この役をやってほしいのだ。とか思いつつも、しどろもどろの説明しかできないもどかしさを感じていると、瑛ちゃんはオレの言葉を遮って言った。
「いつですか? 撮影は?」
「え? あ、えっと、来月の真ん中くらい。大阪で1日」
「わかりました。やります」
「……へ?」
「そのあたりは空いているので大丈夫っす。やります」
「あ、いや……本当? ……いやでも、もうちょっと役の説明を……脚本も持ってきてるから……」