2022年の初勝利と北京五輪【藤田菜七子 2022年2月号 連載】

1月29日の小倉競馬5レースで、2022年の初勝利を挙げることができました。

先頭でゴール板を駆け抜けたのは、昨年8月15日以来、約5カ月半ぶりです。一昨年の骨折時に左鎖骨に埋め込んだプレートの除去手術や、その同じ場所を、再び折ってしまうという不運(手綱を結ぶ尾錠が当たるという避けようのないアクシデント)も重なり、馬に乗れない期間もありましたが、それでもやっぱり、長かったです。

『いまは、やるべきことを、ひとつ、ひとつ、やるだけ』

『焦ってはいません』

『藤田菜七子は変わらず元気です』

理想の自分に少しでも近づきたくて。自分で自分を励ましたくて。弱い自分を見せたくなくて、強がった言葉を並べてきましたが、勝てない期間は、海の底に沈んだみたいに、ずっと息苦しくて…。焦りもあったし、プレッシャーも感じていたし、もしかしたら、このままもう勝てないんじゃないかという怖さも感じていました。ちょっとだけ…ちょっとだけ、ですけどね。

だから、レース後、会う人ごとに、「おめでとう!」と声をかけていただいたときは、嬉しいというより、ほっとする自分がいました。

なぜ勝てたのか? 勝因はどこにあったのか?

思いつくことはいくつもあります。でも、一番は、馬が頑張ってくれたこと。もう、それに尽きます。

私に、JRA通算140個目の勝利をプレゼントしてくれた馬の名前は、ブルーゲート。お父さんは、重賞競走で活躍した馬で、おじいちゃんは、あのディープインパクトです。

私がこのブルーゲートと初コンビを組んだのは、前走、1月15日に、小倉競馬場行われた3歳未勝利戦でした。

14頭立てのレースで8番人気。レース前、武井亮先生からいただいたのは、「内にこだわって乗って欲しい」という指示です。

結果は、勝った馬から2馬身1/4差の3着。ゲートを出るのも、レースも上手で、手応えを感じていたので、「馬の状態次第では、中1週で使うから」と言われたときは、「よしっ!」と、心の中で、ガッツポーズをしていました。

さぁ、そして、いよいよ、今年初勝利を挙げたレース当日です。

武井先生とは、「内側の芝が少し荒れてきているけど、前のレースと同じく、内にこだわって乗った方がいいですね」と、話し合い、いざ、ゲートへ。この段階では、「他に行く馬がいなかったら、行ってもいいかな」というくらいの楽な気持ちでスタートの合図を待っていました。

13頭立てのレースで、私とブルーゲートがおさまった枠は4枠4番。呼吸を合わせ、ゲートを飛び出したときには、半馬身ほど抜けていて、周りを見渡しても、無理に競りかけてくる馬もいません。

「誰も来ないみたいだから…だったら、行こうか」

私の意思を伝えると、ブルーゲートはそれがわかったように、先頭を走り、レースを作り始めました。

3コーナーの手応えは十分。4コーナーを周って最後の直線に入っても、まだまだ、エネルギーは残っていそうです。

これは…もしかしたら…いけるかも!?

後続馬を突き放したときは、勝利への確かな光が差し込んでいました。

レースはほぼ完勝と言っていい内容でした。勝てたのは、馬の力です。

この勝ちを次に繋げられるかどうか。次は、私自身の力が問われレースになりそうです。

 

1月15日から始まった7週連続開催の小倉競馬も残すところあと、1週。この間、一度、調教のために栗東のトレセンに行っただけで、美浦の部屋には帰らず、ず〜〜〜〜〜〜〜っと、調整ルームでの生活が続いています。

好きな音楽でも聴いて、少しずつ溜まったストレス解消を…と思っていましたが、北京五輪が始まり、私のやる気スイッチは、入りっぱなしの状態です(笑)。

フィギュアスケート、ジャンプ、カーリング、スケート…4年に一度の大舞台にかけるアスリートの想いが伝わってきます。

中でも圧倒されたのは、スノーボードで金メダルを掴み取った平野歩夢選手のメンタルの強さです。

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