なんか変わってきた!桂浜水族館の日々

TVやSNSで話題沸騰中の桂浜水族館の連載が8月からスタートします!

今年に入って続々と新たなメンバーを迎え、勢いに乗って絶賛準備中。もうしばらくお待ちください。

今月は連載開始を記念して、以前TV Bros.note版に掲載した、ハマスイの日常の喜びや悲しみの日々を綴ったエッセイを再掲。コロナ禍以降の変化や、立て続いて誕生した新しい命や新たな出会い、命の尊さが伝わる愛に溢れたエッセイを、愛くるしい写真とともにお楽しみください!

文/桂浜水族館・おとどちゃん

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高知県高知市の名勝「桂浜」の浜辺に建つ田舎の小さな水族館、「桂浜水族館」――。昭和6年に初代館長である永國 亀齢(ながくに きれい)が地元の友人に働きかけ、土佐湾の種々の魚を生かして見せる水族館と釣堀を開設したことから歴史が始まった。

私がここで公式マスコットキャラクター「おとどちゃん」として生まれてから早いもので5年が経とうとしている。生まれる少し前のこと、来館者の激減に重なり起きた職員の一斉退職は、全国的にも有名なニュースとなり、浜辺の小さな水族館は「高知の恥」として晴れて地元民たちの嫌われ者となった。このままではいけないと創業85周年を迎えた折、“なんか変わるで、桂浜水族館”をスローガンに掲げて本格的に図った起死回生。館長と私、新しく集った仲間たちは、水族館に覆い被さった深く濃い闇を払拭すべく立ち上がった。「古い」「暗い」「狭い」「汚い」「入館料が高い」「なにもない」――。高知県民にとって桂浜水族館は、幼い頃に遠足で行ったのが最後というのが当たり前で、「高知県民は桂浜水族館なんか行かんき」と笑われ続けてきた。マイナスをプラスに変えるために、私たちはがむしゃらだった。都会には新しくて綺麗で大きくて近未来のような水族館がたくさんある。

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Youtubeを運営している飼育員まるのんと今年から仲間入りしたミナミアメリカオットセイ。ハマスイのYoutube、チャンネル登録してや!

そんな中、時代に取り残されたような見た目の貧乏水族館が生き残りをかけて見出したのが、当時はまだどこも力を入れていなかった「飼育員にスポットを当てること」だった。今こそ受け入れられるようになったが、発信を始めた頃は「飼育員なんていらない」「水族館なんだから魚で勝負しろ」「イベント情報だけ流してろ」「気持ち悪い」と毎日のように言われたものだ。

何度となく心が折れそうになった。ふと胸に深く突き刺さってくる暴力的な言葉に、築いてきたものを全部台無しにしてどこか遠くへ逃げてしまいたいと思うこともあった。だけど館長が笑うから、「おとどちゃんはおとどちゃんのままでいいんだよ」と笑ってくれるから、私もつられて笑って、自分の愛を信じていられた。誰になんと言われようと、自分の愛を信じ続けようと思えた。飼育員たちもそんな私を抱きしめてくれた。生きものたちに向ける愛と同じ優しさで抱きしめてくれた。

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人懐っこいカリフォルニアアシカのケイタと飼育員ヤブ(上)とミナミアメリカオットセイのキネンと戯れる飼育員さめ(下)。

令和2年、突如世界中に蔓延し始めた新型コロナウイルス。その感染拡大を受け、当館は戦後初めて約1カ月に及ぶ長期休館を余儀なくされた。しかし休館しているとはいえ、私たちのすべきことは変わらなかった。飼育員は毎日生きものたちのいのちを明日に繋ぐ。私はその景色を相も変わらずツイッターで発信し続けた。

新型コロナウイルスが私たちに与えたのは「死」の恐怖だけではなかった。

休館前は約7万人だった桂浜水族館の公式ツイッターアカウントのフォロワー数は、営業再開までに15万人を超え、今や21万人以上となった。

休館中の方がむしろ忙しかったかもしれない。連日のように来るTVやWEBメディアからの取材依頼にてんやわんやしていたせいか、休館中の1カ月はあっという間に感じた。

営業を再開すると地元の常連さんがお祝いの花を持って駆けつけてくれた。

「営業再開おめでとう。よくがんばったね」

両手に抱えている花のように彼女が咲かせた笑顔が眩しいせいで、必死で駆け抜けてきた5年間が脳裏を過ぎり、涙が溢れた。

今年に入って発売されたばかりの書籍『桂浜水族館公式BOOK ハマスイのゆかいないきもの』は、3冊目のファンブックとなる。これは本当に大変だった。担当者さんとのリモートでの打ち合わせでは、wi-fiの環境が悪いために回線が途切れて話は進まないわ、毎回の電話は長いわ、写真提供は大変だわ、校正は膨大だわ、締め切りは短いわ――。

重なるようにしてきた他の写真集ファンブックの制作はほとんど同時進行となり、とにかく内容が被らないように進めなければならないことも私を悩ませた。その上、私は桂浜水族館を舞台にしたエッセイの連載もしていて、正直頭がおかしくなりそうだった。時々、担当者さんからの電話をとらなかったり、忙しいことを言い訳に後回したことがあるのはここだけの秘密にしておいてほしい。

そうして怒涛の日々を過ごし、担当者さんからの「無事校了しました」という電話を受けた時は、「写真集やファンブックはもう二度と作りたくない」と思ったものだ。もちろん半分冗談で、半分本気である。出来上がってみれば、担当者さんの熱い思いや桂浜水族館に対する愛が、消化不良を起こして胸焼けするほどふんだんに盛り込まれていた。制作に携わってくれたすべての人たちに、心の底から感謝している。

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ハマスイ名物節分イベント。今年は赤鬼・青鬼・福の神が盛り上げたで!

出版物が一段落し、迎えた令和3年2月2日、桂浜水族館では恒例の節分イベントが行われた。現在闘病の為退職している伝説の飼育員「盛田のおんちゃん」が、現役時代から5年間ずっと赤鬼に扮して開催してきた大人気イベントだ。数年前にイベントに参加した人がツイッターに投稿した赤鬼の写真が話題となりネットを騒がせた。盛田のおんちゃんは一躍有名人となり、多くの人たちから愛される存在となった。彼は桂浜水族館で飼育員として働いていた頃から様々な病気を患っていた。まるまるとしていたお腹やふくよかな手足が病状の悪化により痩せこけた時は、「俺もう死ぬし、来年は鬼できねーぞ」という冗談か本気かわからないような彼の言葉が現実になりそうで怖かった。私は、今年もまたおんちゃんの赤鬼姿を見れたことが嬉しかった。彼が生きてくれていることが本当に嬉しくて、トドショー観覧席の一番後ろで溢れる涙を拭った。来年もおんちゃんと生きたい。滲んだ涙を冷たい風のせいにして--。

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“ハマスイの小栗旬”としても知られる盛田のおんちゃん。毎年「殺」等物騒な言葉を腹に書いていたが今年は「殺な」で「コロナ」。みんなでコロナ退治や!

 

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