【2021年3月号 爆笑問題 連載】『キャラクター』『天達さ~~ん』天下御免の向こう見ず

<文/太田光>
キャラクター

 ブタは綺麗な衣装を着て空を飛んでいた。上から照らされたライトの中をゆっくりと地上へと降りてくる。グラウンド中央に降り立つと、ブタは音楽に合わせて体を動かし始める。曲は目まぐるしく変わっていく。ドンドンドンという打楽器を中心とした密林の民族音楽から始まり、サンバ、ボサノバ、ロック、サルサ、クラシック、タンゴ、ワルツ、タップ、中国民族舞踊、ジャズ、フォークダンス、ブレイクダンス、フラダンス、日本舞踊……。音楽が次々と変わる度、ブタはそれに合わせた体の動きをし、完璧に踊りこなすのだった。
 降り注ぐライトの上に浮かぶ円盤の中の怪物のような宇宙人が驚いて自由に踊り回る地上のブタを見つめる。その体の動きは実にしなやかで、自由で、生き生きとして解放感に満ち、彼らには到底真似出来ない動きだった。あなた達は神、あるいは支配者のつもりかもしれないが、私はいつまでも家畜ではない。というメッセージを体全体で表現しているようだった。
 私は自由に動き、踊る。囚われの檻から出て、あなた達が勝手に創り上げた価値感、宇宙の法則という鎖を引きちぎるのだ。と。
 気がつくと世界各国から色んな色のブタ達が飛び出してきて、それぞれのダンスを思い思いに踊り始める。あらゆる音楽が融合し、今まで見たこともないような、群舞になり、祭りのようになり、再びそれぞれの個性を生かした体の動きに変化していく。円盤に乗った宇宙人達はその様子を見て、「これは敵わない」と、ほうほうの体で退散して空へ消える。
 ブタ達は声を上げる。これからはこの新たな惑星で、新たな身体の新たな進化が始まるのだ。
 演出家は興奮してペンを置いた。もしかするとこれは素晴らしいものになるかもしれない。
「ケケケ、ニャに一人で勝手に興奮してるんだニャ」
「え?」
「わかってニャイニャぁ。おまえはもうとっくにお役御免だニャ」
 そこにいるのは奇っ怪な白い小さな動物だった。耳は長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「忘れたのかニャ? おまえは謝罪して辞任したんだニャ」
 演出家はハッとする。そうだった。コイツの言う通りだった。何を今さら未練がましくこんな空想を考えているんだろう? バカみたいだ。
「ケケケ」
「ん?」
 それはそうと、この奇っ怪な動物は何だ? どこからこの仕事部屋に忍び込んだんだ?
「おれはおまえ達が空想する隙間にいつでも現れるんだニャ」
「何? 勝手に入ってくるな。このドラネコが」
「フギャ? だ、だ、誰がドラネコだニャ! おれはネコじゃニャイ! ウサギだニャ! だからおまえは差別的だって言われるんだニャ!」
 ウサギネコは憤慨して叫んでいる。
「ウサギだと? ふん、ウサギだろうがネコだろうが、どっちでもいい。早く出ていけ!」
「そういうワケにはいかニャイニャ。こいつをどうしてくれるんだニャ?」
 ウサギネコの後ろからさっきまで空想していたブタが現れる。
「あ、お前」
「ブー!」
 ブタは怒ってこっちを見ている。
「おまえは仕事をニャげ出したんだニャ。おまえはそれでいいかもしれニャイが、こいつの立場はどうニャるんだニャ? 勝手に生み出されたままほっぽらかしかニャ? そりゃニャイニャ」
「そうよブヒ!」ブタが言う。「あたしはどうなるのよブー。無責任よブー」
 演出家は困惑した。
「いや、しかし、君は単なる思いつきの冗談みたいなもので、すぐに撤回したキャラクターだから…」
「フギャー!」
「ブヒィー!」
 二人は同時に声を上げた。
「おまえ達はいっつもそうだニャ! 思いついては捨て、また思いついては捨てて。その度に行き場のないキャラクターがどんどん増えていくんだニャ! おまえは自分の発想したものに愛情がニャイのか?」
「そ、そんなことはない。ただそのブタは…ちょっと調子に乗って言ってみただけで、すぐにボツにしたんだ。まさかこんな風に世の中に出るなんて…」
「裏切りものブヒ!」
「まったくだニャ。ニャにがつい調子に乗っちゃってだ。お前はトラブルを大きくしたくニャかったから、そんニャふうに言ってごまかしたんだニャ。例え単なる思いつきだったとしても、発想した初めは、良い物にニャると思ったに違いニャイんだニャ! それを周りの反応見てすぐに引っ込めて…。あとから発覚した時もニャンの説明もしニャイで、調子に乗りましたってごまかしたんだニャ! 面倒くさくなったんだニャ! 無責任だニャ!」
 …確かに、このヘンテコリンなウサギネコの言っていることは半分くらいは当たっているかもしれない。世間が思っているほど、自分は差別主義者だとは思っていない。あの発想だって、誰かを辱めようとしたわけではない。ただそのことを説明しようとすればするほど、騒ぎが大きくなるのはわかっていた。ドツボにハマるのは目に見えていた。だから言い訳するのを避けた部分は少しだけある。自分は自分から出た発想を追求する努力を投げ出した。そう言われてみれば、そういう部分がなきにしもあらずだ。現に今、こうしてあの発想を成立させる演出があったのではないかと、未練がましく、考えている自分がいる。
「そうだニャ。未練がましいのは表現者の癖だニャ。おまえだって今までみんニャを楽しくする表現をたくさんしてきたニャ。そのことはおれは知ってるニャ」
「ん?」
 ただならぬ気配を感じて演出家は顔を上げる。
「な、なんだこれ!」

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