木村充揮 PART2 「悲しいとかしんどいとかネガティヴな歌詞なんやけど、歌うと気持ちが上がるんですよ、不思議なことに」【不定期連載「旅と酒とブルーズと」】

木村秀勝(現在は充揮)と内田勘太郎の2人で始まったグループに、花岡献治、島田和夫が加わり4人体制の憂歌団となるまでをお届けしたPart1に続いて、今日は憂歌団デビューからそれ以降、現在までを聞く。ざっくばらんな口ぶりから、木村さんのお人柄やミュージシャンとしての心構えなどが伝われば、と思う。

取材・文/染野芳輝

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当時は英語のカヴァーがほとんどで、日本語のオリジナルはちょっとだけ

ーー木村、内田、花岡、島田の4人体制となった憂歌団が、どのようにしてデビューしたか。そこから始めましょうか。

4人で一緒にやったら楽しいな。じゃあまたやろか。そんな感じで始まったんやね、憂歌団は。で、ライヴしよったらギャラがもらえて、こりゃオイシイのう、と(笑)。でも、計画立ててやってたわけじゃないし、プロになれるとも思ってなかった。いろんな出会いに恵まれたんやろうね。ライヴで旭川に行って、帰りに東京の吉祥寺でもライヴをやったんやけど、それをトリオ・レコードの人が観に来てて、レコード出さへんかって声かけてくれたんですわ。

ーーあらかじめコンタクトがあったわけではなく?

じゃないです。で、当時は英語のカヴァーがほとんどで日本語のオリジナルはちょっとだけ。で、その人が日本語でやったらどうかって言ってくれて。それも大きかったですね。

ーー当時は日本語でやりたいと思ってたわけでもなく。

英語だと意味がようわからんけど、わからんからめちゃくちゃ歌ってもええやろ、みたいに思ってもいた(笑)。日本語だと意味がわかってしまうから恥ずかしいという思いもあったしな。でも日本語なら伝わるから、伝わるとやっぱり嬉しいわけや。それで日本語で歌うようになったんやけど、英語のカヴァーじゃなくて、ブルーズの感覚をうまく日本語で歌ってる人がもういたのね、身近に。なかでも名古屋の尾関ブラザーズいう兄弟がいて、彼らにはすごく刺激されたな。それで尾関ブラザーズの曲を憂歌団で歌うようになったし、今でも歌ってる。

ーー名曲「シカゴ・バウンド」や「俺の村では俺も人気者」とか。

「あたしの彼氏」もそうやし「失恋ブルース」「田舎のメリー」もそう、いっぱいあるよ。僕の中にはっきり残ってる“ええ歌”やねん。だいたいお兄ちゃん(尾関真)が書いてて、悲しいとかしんどいとかネガティヴな歌詞なんやけど、歌うと気持ちが上がんねん、不思議なことに。それがええんですわ。ブルーズってそういう音楽なんとちゃうかな。だから好きなんですわ。

ーーほんと、そうですね。

うん。思ってもいない綺麗なこと歌って、女の子にモテるんちゃうか、売れるんちゃうかってやってる人がぎょうさんおるやろ? かと思うと、わざと汚い言葉で歌ったり。どっちもイヤやなぁ。僕は上品なボンボンですから(笑)。

ーーでも、“悲しい”と歌っても気持ちが上がるというのは、ブルーズという音楽の本質を表しているんでしょうね。

そうやね。ぽろっと気持ちを表に出すだけで楽になることってあるからね。でも、朝からブルーズを聴きたいとは思わんけどな、さすがに(笑)。

ーーいくらブルーズマンの木村さんでも。

朝はジョアン・ジルベルトとかのボサ・ノヴァか。スティーヴィー・ワンダーもええなぁ。スティーヴィーはよく聴いたけど、最近はちょっと飽きた。でも、レイ・チャールズは飽きない。商売がうまいんかなぁ。

ーー“飽きない”と“商い”ですね。

だんだん分かってきたやんか(笑)。でも、昔ほど音楽聴かなくなったなぁ。家におってもテレビつけてダラダラしてるか、アホな奴らと酒飲んでるかやな。

憂歌団時代の曲を今でも歌ってるのは、それだけいい経験だったから。でもな、次第に憂歌団以外のこともやりたくなってくる

ーーライヴを観に行ったりは?

あまりせんねぇ。近所であいつがやってるからちょっと覗きにいこか、ぐらいがちょうどいい。べつに嫌いなわけやないけど、最近はどうしても観たいというライヴがあんまりない気がするね。今まで、行けなくてめっちゃ悔しかったのはボブ・マーリーの来日ライヴ。都合がつかなくてね、ほんと後悔したわ。

ーー憂歌団がデビューしたのは1975年ですが、今では信じられないことに当時はブルーズがブームになったんですよね。ほんの3年ほどでしたけど。さっきチラッと出たブルース・フェスティバルが開催されて盛り上がったり、ブルーズのレコードが次々にリリースされたり。木村さんもその渦中にいたわけですけど。

いやぁ、オモロかったよ。活気があった。とくに京都はブルーズが盛んで、ウエストロード・ブルース・バンドとブルース・ハウスがいてね、共演もしたし、よう観に行ったりもした。ウエストロードはロックっぽい感じがしたけど、ブルース・ハウスはもの凄い色と匂いがあってな、僕はそっちのほうが好きやったな。

ーーブルース・ハウスのヴォーカルは入道さん?

そう。で、入道が抜けて近藤房之助が入ってブレイクダウンになったんやね。ブルーズだけやなくて、友部(正人)さんとかのシンガー・ソングライターたちも活躍してて、言葉(歌詞)の面でずいぶん刺激を受けたし、そういう中にいることができて良かったと思う。いい時代やったな。

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