匿名の悪意が集まり、 “集団狂気”に変わる――。 『Cloud クラウド』 黒沢清監督インタビュー

今年は黒沢清監督の新作が3本も立て続けに公開される。世界の黒沢ファンにとってはいい年になった。哀川翔主演のVシネマ作品をフランスでリメイクした『蛇の道』、中編ホラーの『Chime』に引き続き、菅田将暉主演の『Cloud クラウド』が登場した。ネット転売屋の吉井(菅田将暉)が雲のように集まった匿名の悪意に翻弄される一風変わったホラー映画である。黒沢清にしか撮れない、不思議なホラーである。                                                                                                                               

取材・文/柳下毅一郎

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普通の人たちが殺し合う。
それをリアリティを持ってやれるかが大きな狙いでした。

ーー黒沢さん、今年立て続けに3本も映画が公開されますが。

黒沢 いやまあ、僕もどうしたんだろうっていう感じで……まあたまたまです。『Chime』っていうのは急な話だったんですけど、今回の『Cloud クラウド』も、その前にフランスで撮った『蛇の道』もずいぶん前からやろうやろうとして、多少コロナの影響もあってやれないままになっていたのが、急にバタバタと決まったっていう感じですかね。

ーーこの映画で一番気になったのは主人公の造形ですね。菅田さんが演じてらっしゃる吉井なんですけれど、彼が一種不快な人物というか、見ててイラッとくるタイプの人なんですよね。いちいち、誰に対しても上から目線で言ってくる。銃を突きつけられても「やめたほうがいい。いまやめれば警察にも言わないから大丈夫ですよ」って。転売屋という仕事も含めて、割と共感を持ちにくいキャラクターではないかと思われますよね。

黒沢 あえて共感できないような人にしたいと思ったわけではないんです。こういう娯楽映画の主人公ですと、もうちょっと喜怒哀楽をハッキリさせたり、強烈な特徴がある人物の方がわかりよいんでしょうけど、そこはなぜか今回は主人公も襲ってくる側もそうなんですけど、普通の人のもっているどっちつかずの曖昧な感じでやりたいと思っていました。僕自身がそういう人間なので、共感できるんです。いいよとか言いながら半分いいんだか、半分悪いんだかよくわからないっていう方が。

ーー主人公らしく物語を進めていくというよりも、どんどん周りから動かされていくみたいな感じですよね。これは脚本の妙だと思うんですが、ともかく全員の動機がよくわからないんですよ。周囲の人間も、あるいは恋人の秋子とかも。具体的に何を考えてるのかわからないまま、全員が嫌がらせみたいに、嫌がらせなのか、単に不注意なのかわからないような感じでストレスになるようなことをやってくる。で、そのせいで彼が苛々するから周りも攻撃的になっていくっていう。そういう脚本の構造で、周囲の人物の見えない悪意みたいなもので話が進んでいくんですね。

黒沢 まあ、そんなふうにしたいなと思って。そういう映画、70年代には結構あったよなっていう思いもあって。何とも煮え切らない保安官とか、ほとんど共感できない刑事とかいう設定でも、まあそれがアクションするみたいな映画は結構あったので、今回そんなに特殊なことをやろうと思っていたわけではありません。ただまあ、いまどきの日本映画にしてはあんまりない設定だったのかもしれませんね。よくこれを菅田将暉さんが引き受けてくれました。菅田さんも少々戸惑っていたようではあるんですが、撮影何日か目かでコツを掴まれたようで、“わかりました”って。

おっしゃるようにどっちつかずでイラッとさせるようなところもある主人公なので、下手な俳優がやると、こんな人をずっと見たくないっていう感じになっちゃうのかもしれないんですが、菅田さんが演じるので、どうやっても観客の目を引き付けてしまう。それを頼りになんとか最後まで見ていただけるかなとは思いました。本当に菅田さんでよかったなと思ってます。

ーー見てて思いだしたのは『わらの犬』(71年)ですね。もちろん後半の展開は違ってるわけですが、狩猟小屋に追い詰められるあたり、追い詰められてここから反撃? とか思ってたんですけど。

黒沢 死闘が、いきなりショットガンで撃つところから始まる、とかですね。いや、あのおっしゃる通りです。クライマックスシーンの会話をどうしようかなと思って。ふと『わらの犬』で、デビッド・ワーナーが、“帰り道がわからない”って言うと、ダスティン・ホフマンが“俺もわからない”ってニヤッと笑うところを引用しようかなと思ったんですけど、あまりにもろなのでやめました。まあそっくりではないんですけど、『わらの犬』の影響は大いにありました。

ーー70年代のアクション映画がひとつのモデルだって言ってらっしゃいましたよね。

黒沢 まあ70年代というふうには規定をしてないんですけど。一番やりたかったのは、そのどこにでもいる普通の人たちが、殺し合う、殺し合いをするっていう。日本だと、この手の戦闘状態になるようなアクション映画はたいていヤクザとか刑事とか、その道の専門家の人たちがやるっていうのが多いんですけど、まったくそうでない人たちがやる。それをリアリティを持ってやれるかが大きな狙いでした。

ーー菅田さんは青山真治監督の『共喰い』(13年)のころから注目なさってたわけですか?

黒沢 『共喰い』のころから結構ファンで、やっぱり独特じゃないですか? もちろん今どきのイケメンなんですが。独特の、一種アンバランスだと思うんですけど、ちょっとギラギラした、尖った顔立ちと相反するすごく低い柔らかい声なんですよね。

ーー相当お忙しいと思うんですが、やはり黒沢さんの映画だからっていうことであけてもらったんでしょうか。

黒沢 僕もその辺の細かい経緯までわかってないですが、これ脚本ができたのは何年か前なんですけど、当初から“理想は菅田将暉みたいな人が出てくれたらいいね。でもまあ無理だろうね”と。スケジュール的なこともあるし。内容的にもまったく善良な映画じゃないし。菅田さんだったらいいけど、まあ無理かなと思ってました。しばらくコロナもあって忘れていた頃、プロデューサーから“菅田将暉さん、出演OK出ました”と言われ、“え!”っていうことで、バタバタと決まっていった感じですね。

おそらくですけども、菅田さんもこれまで人気の役をどんどんやってきて30歳になってこれまでやったことがない役をやってみたいっていうふうに多分感じられていたときに、たまたまこの脚本が回ってきて、ほかの分かり易いマイルドな脚本に比べたらまあこれは変わってる、やってみるか、と思われたのだと思いますね。

ーー『共喰い』なんかもかなり彼がやりたがってたっていう話でしたよね。

黒沢 そうですね。『共喰い』は決してカッコいいイケメンの役じゃないですからね。屈折したおよそ変な青年ですから。やっぱりもともとそういう志向があるんですかね。やっぱりこう単なる二枚目でカッコよくしてるとかじゃないことをやりたいっていうのはもともと持ってらっしゃったんだと思います。

ーー青山さんの映画で本物の映画の撮影現場を知って、それを師匠である黒沢さんが受けて……と思うと、ちょっと感じるものがあります。

黒沢 いやまあね、青山はずっと菅田さんで撮りたがっていたんですけど、そうですね。それを上回るスピードで菅田さんがいろいろな作品にどんどん出ちゃうから。青山も追いつけなかったみたいですね。

『Cloud クラウド』
●町工場に勤めながら転売屋として働く吉井良介(菅田)は、転売業の先輩・村岡(窪田)からの儲け話にも乗らず、まじめにコツコツと悪事を働く日々を過ごしていた。そんな折、町工場の社長・滝本(荒川)から管理職への昇進を打診された吉井は、固辞して、辞職。郊外に事務所兼自宅を借り、恋人・秋子(古川)との新しい生活をスタートさせる。地元の若者・佐野(奥平)を雇い、転売業も軌道に乗ってきた矢先、吉井の周りで不審な出来事が次々と起こり始めるのだった。
監督・脚本/黒沢清 出演/菅田将暉 古川琴音 奥平大兼 岡山天音 荒川良々 窪田正孝 ほか
(123分/2024年日本)
TOHOシネマズ日比谷ほか 全国公開中

くろさわ・きよし●『CURE』(97年)で国際的に注目を集め、第54回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された『回路』(01年)で国際批評家連盟賞を受賞。『岸辺の旅』(15年)では第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門・監督賞を受賞、『スパイの妻』(20年)では第77回ヴェネツィア国際映画祭・銀獅子賞を受賞した。2024年公開作に『蛇の道』、『Chime』がある。

配給:東京テアトル 日活
Ⓒ2024「Cloud」製作委員会

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