古屋兎丸がどの漫画にも課す裏テーマとは?映画『女子高生に殺されたい』公開記念・原作者インタビュー

4月1日より公開される映画『女子高生に殺されたい』。予告映像などで田中圭演じる高校教師の狂気に満ちた姿が公開されるなど早くも話題だが、公開に先駆けて原作漫画を描いた古屋兎丸先生にインタビューを敢行。タイトルからして「異常」という言葉が思わず口をついて出そうな世界観を、唯一無二の美しい筆致で描き出す背景に迫ってみました。
取材・文/井上佳子

<作品情報>
『女子高生に殺されたい』
原作/古屋兎丸 監督・脚本/城定秀夫 出演/田中圭 南沙良 河合優実 莉子 茅島みずき 細田佳央太 加藤菜津 久保乃々花 キンタカオ 大島優子
●女子高生に殺されたいがために高校教師となった春人は、9年をかけて綿密な計画を練ってきた。人気教師としての日常生活を送りながら、「完全犯罪であること」「全力で殺されること」という条件を満たす女子高生4人にアプローチしていく。
©2022日活
2022年4月1日(金)全国ロードショー
配給:日活

<原作情報>
原作「女子高生に殺されたい」新装版(古屋兎丸/著) 発売中!
原作コミックを1冊にまとめ、東山春人のその後を描く、衝撃の描き下ろし8ページを追加収録。公式HP

<プロフィール>
古屋兎丸(ふるや・うさまる)●東京都生まれ。『月刊漫画ガロ』にて1994年、『Palepoli』で漫画家デビュー。主な著作に『ライチ☆光クラブ』(太田出版)、『人間失格』(新潮社)、『帝一の國』(集英社)などがある。

古屋兎丸による描き下ろしイラスト

●すべての人間は病んでいる

――まずは、完成した映画をご覧になった感想を聞かせてください。

2時間の上映をあっという間だと感じられるくらい、率直に面白かったです。自分の考えた物語の芯の部分は一緒なんだけど、監督が映画用に考えてくださった登場人物のサブストーリーが興味深かったし、あまりネタバレになることは言えませんが、ラストも漫画とは異なる脚色なのが良かったです。主人公の春人が誰に殺されたがっているのかミスリードするというサスペンスな心理描写が加わっているのも非常に映像的で、「なるほど、こういう手法があったか」と唸らされました。

――兎丸先生の作品はどれも一貫して、先生ならではの独自の世界観が根底に繰り広げられている印象があります。なので、特殊な性癖をモチーフに描いた『女子高生に殺されたい』については、主人公と兎丸さんをダブらせてしまう読者もいそうです。

確かに僕自身、高校の先生をしていたことがあるので、そう思われがちなんですが、別に人に殺されたいとは思っていません(笑)。僕は特殊な欲望より、人間の心理そのものに興味があるんですよね。
今作では、自分が殺されることに性的興奮を覚える「オートアサシノフィリア」という性癖の主人公を描いていますが、その他のほとんどの登場人物にも何らかの病理が隠されているんですね。「全員悪人」というキャッチフレーズの映画もありましたが、それで言うなら「全員病んでいる」。現実世界でも、いろんな人と深く会話をすると「誰しも何かしら病んでいる」とよく感じるんです。つまり、登場人物全員が病んでいても決しておかしくはないのかなって。

――「人は誰しも病んでいる」という普遍性を超えて、強い被虐性みたいなものに惹かれているのかと勝手な印象を抱いていました。というのも、兎丸先生の代表作のひとつ『ライチ☆光クラブ』は、ご自身が80年代にご覧になって衝撃を受けたという当時のアングラ劇団「東京グランギニョル」の舞台を元にしていますが、同世代の私も同じ舞台を見ていたので、個人的にそのあたりのルーツについて伺いたいと思いまして。

当時、なぜ「東京グランギニョル」を見たかということですよね? 

――そうですね(笑)。自分がそうだったので、丸尾末広さんの漫画を読み、グランギニョルも見て、大学で演劇をやって…という80年代を学生として過ごした方の創作活動にとても興味があります。

なんでしょう…そういう時代でしたよね。
うちに帰れば夕方にはおニャン子クラブが出ている番組(『夕焼けニャンニャン』/フジテレビ)をやっていて、あの頃は女子高生や女子大生が大ブーム。そんなポップで軽い世界に嫌気が差していたんでしょうね。そういう一部の人たちが、反動で極端な世界に入り込んでいた。そのひとつが、インディーズの音楽や演劇などの地下文化を生んで、僕もそこへ深く傾倒していったわけですから、逆に考えればそれも、流行りに乗っている高校生の行動だった気がします。

――もともと猟奇的な嗜好を持っていたところに、グランギニョルのようなものと出会ったことで、自分の中に秘めていた世界を言語化出来たというよりは、カウンターとして出会った?

カウンターですね。それまでは普通に少年漫画を読んでいたわけですから、カウンターとして丸尾先生の作品に出会って「こんなに排泄物がいっぱい出てくる漫画なんて見たことがない!」と驚いて。そうやって、ドギツイ世界、エログロに惹かれていく扉を開けたんだと思います。その扉を開けたことの延長上に、今回の『女子高生~』もあるんだと思います。
自分の「ブレない軸」は守りつつも、常にあくまでもわかりやすいエンタテインメントを描いているつもりなんですよ。キャラクターもストーリーも常にわかりやすさを追求しているし、曖昧な終わり方もしない。『ライチ~』も、倫理的な意味はさておき、小中学生でも難しくなく理解できる作品を描いたつもりだし、それはどの作品に関しても同じです。

●人間の根本は絶対に変わらない

――最近Twitterで、兎丸さんの息子さんが描いた漫画が、小学5年生とは思えない巧みな筆致とグロテスクな描写でちょっと話題になりました。『女子高生~』でも、人間の“根っこ”の部分は何があっても変わらないという示唆に富んでいましたが、その意味で息子さんの才能には「血は絶対に受け継がれる」というものを感じます。

そうですよねえ…(笑)。でも、息子は僕の漫画は一切読んでいないんですよ。

――そうなんですか!

全く。なのにここまで絵が似るのは、「血なのかしら?」とは思ってしまいますね。(息子さんが描いた、クマのぬいぐるみを手にした人物のイラストを持って)ここに今、息子の絵があるんですけど、このクマちゃんとかねえ…。僕もクマを持った絵は描いたことがありますが(『Palepoli』等)、彼はそれを見たことがないのに、同じようなものをグロイ絵で描くんですよね、あはは。
「人間は、根本的な部分は変わらない」というのは、僕の中の基本姿勢として確実にあります。どんなに反省して「もう二度とやりません」と言っても、人は何年かしたら同じことをすると思っていますしね。

――作品は読まないにしても、お父さんがどういう漫画を描いているかはなんとなくわかってらっしゃる?

『女子高生~』は、映画の撮影現場に息子と一緒に行ったことがあるので、「どういう映画?」と聞かれて「女子高生に殺されたいと思う高校の先生の話だよ」と答えたら「ああ、変態の話かぁ~!」なんて言ってましたけど。

――あはは!

『帝一の國』の映画も観てますし、なんとなくはわかっていますけど、僕の漫画は読んでいないですし、彼が好きで読んでいるのは『少年ジャンプ』。『鬼滅の刃』(著・吾峠呼世晴)とか『東京喰種トーキョーグール』(著・石田スイ)とかですね。

●裏テーマを自らに課して描くのが楽しい

――ご自身では、自分の作品のどんなところが読者に支持されている気がしますか?

そこらへんの分析は自分でもよくわからないです。売れないと出版社に迷惑をかけますし、部数が出なければ続刊も描けませんから、決して趣味に走り過ぎているつもりはなく、他の多くの漫画家さんと同様、どの作品も「売れたらいいな」と思って描いているんですよ。単純に「自分の好きなものが描ければ幸せ」というようなことは全くないです。
でも同時に、自分が描くべき内容か否か、その軸は変わっていないんだと思います。話を思いついたものの、自分の絵でそれをどう描くか思い浮かばなければ、たとえ面白そうでも描かないと決断したことは数え切れないほどあります。

――『女子高生~』は、どのような決断のもとに生まれたんでしょうか。

まず最初にタイトルが浮かんで、そこから少し実験的な試みをしました。コンセプトは「もし自分が一本の映画を撮るなら」。予算規模は5000万円くらい。この予算ならメインキャストはせいぜい5~6人、ロケ地は全部都内。当時僕の住んでいた井の頭近辺ですべての撮影を済ませるイメージです。

――作中には、実際に井の頭公園らしき場所が登場しますね。

そうそう。しかも、少し郊外に行けば遺跡っぽい場所もある。そんな条件の中で作り上げました。僕の中にブレない世界観があるとしたら、それは春人の雰囲気や性癖などに滲み出ているのかもしれませんが、今言ったみたいに、作品ごとに自分内ルールや裏テーマを設定して作り上げることは結構ありますね。

――自分の中に何らかの縛りを与えて描く。

そうですね。映画ってなかなか一人で撮ることは出来ないけれど、僕の仕事は自分ひとりで映画のようなことを漫画の中で再現できるわけですから。同様に『ライチ~』では裏テーマとして「僕の過ごした80年代文化を全部詰め込もう」ということを意識しました。当時『JUNE』という雑誌が好きだったので、薔薇的な関係性を物語に組み込んだり、丸尾末広先生チックな絵柄をあえて意識したり。『帝一の國』は、『野望の王国』(作・雁屋哲/作画・由紀賢二)という昔のヤクザチックな劇画が大袈裟過ぎて笑っちゃうので、その世界観を自分なりに描こうと思った作品です。
自分の作風にこだわり過ぎるよりも、「あの時代のあの人のあの小説の雰囲気を出したい」と考えて、そのルールの中で自由にやるのは、作っていて楽しいです。

――今後挑戦してみたい“裏テーマ”はありますか。

自分が80年代に戻って劇団を立ち上げ、その劇団の第一回公演で上演するなら? …そんな裏テーマで描けたら楽しそうだなとは思っています。現代じゃダメなんです。「東京グランギニョル」とかを見ていた、あの頃の時代に浸って、あの頃のカルチャーに影響されている自分が、当時の少年少女を集めて作った劇団の初回上演なんです。

――それは面白そうです(笑)。ちなみに、どんな劇団をご覧になっていましたか?

80年代はまだ高校生でお金もなかったので、実際によく見に行ったのは90年代のものが多いんですが、当初は演劇に限らず、グランギニョル周辺にあったカルチャー…例えばAUTO-MODのライブなどに行ってました。

――パンク方面ですね。

そうですね。今は、演劇ファンがいろんな劇団を観てまわったりしますが、当時は「インディーズ」という大きなジャンルにハマったら、その周辺カルチャー全般に関心が広がっていく時代だったんですよね。グランギニョルを観て、丸尾先生の漫画を読んで、インディーズのバンドを観るみたいな。そうやってグルグルまわりながら、90年代には自分自身も大学で演劇を始めたのもあって、いろんな劇団を観に行くようになりました。暗黒舞踏をやり始めていましたし、ありとあらゆるものを観に行きましたよ。夢の遊民社も紅テント(状況劇場)も観に行きました。

――新宿梁山泊とか、第七病棟とか、月蝕歌劇団とか…。

ありましたね。どれも観に行きました。当時は本当にいろいろな劇団がいっぱいありましたよね。

――古屋兎丸劇団第一回公演作品の漫画化、期待しています!

映画『女子高生に殺されたい』公式サイト

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