押井さんの連載のタイトルにもなっている“裏切られた映画たち”とは、どんでん返しなどではなく、映画に対する価値観すら変えるかもしれない構造をもった作品のこと。そんな「裏切り映画」を語りつくす3回目のラインナップは、異色のマカロニウェスタン『殺しが静かにやって来る』。さあ、語って頂きましょう!
なお、この記事は『TV Bros.』本誌10月号(発売中)でも読むことができます。
取材・文/渡辺麻紀
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善人はみな殺され、悪党は生き残る――しかし「裏切られた」という感情にはならなかった 『殺しが静かにやって来る』
――今月は『殺しが静かにやって来る』(68)です。マカロニウェスタンで知られる監督、セルジオ・コルブッチの異色作で主演はフランスの役者ジャン・ルイ・トランティニャン。悪役の殺し屋にドイツのクラウス・キンスキーが扮しています。
麻紀さんはどう思った?
――私、トランティニャンの大ファンだった時期があるので、そのときに観ているんですよ。設定としてはアメリカ舞台のウェスタンなのに、辺り一面雪景色だったので驚きました。
それも驚くよね。いろんな異色が詰まった作品で、イタリア映画なんだけど、メインの役者はフランス人とドイツ人。主人公は幼いころに喉を切られて喋れないという設定。だから主人公なのにトランティニャンはひと言も発しない。だから名前も「ミスター・サイレンス」。
舞台となる深い雪に覆われた小さな村に駅馬車が到着し、懸賞金のかかった遺体を降ろすとカチンコチンに凍っている。これにも驚くけど、それ以上に私がびっくりしたのが、サイレンスの銃がモーゼルミリタリーC96だったこと。おおよそウェスタンにはふさわしくない銃である上に金属製のホルスターをつけていた。通常のものは木製のストックだからますます異色。私は、本当にこの時代にモーゼルミリタリーは存在していたのか調べてみたんですよ。ギリギリOKだったけど、誰がユタ州にモーゼルを持ち込んだのかという謎は残るよね。 モーゼルミリタリーが登場する映画は実はそんなに多くなく、私はほとんど観ていると思う。有名どころでは(クリント・)イーストウッドの『シノーラ』(72)とかさ。
ということはさておき、この映画も裏切りが待っている。この手の娯楽映画の場合、当然ラストは主人公が勝って敵が倒れるべきなんだけど、本作は真逆。サイレンスは殺され、彼と愛し合った未亡人も殺され、人質に取られた人たちも全員殺される。善人は皆殺しで、悪党が生き残る。キンスキーはモーゼルミリタリーも奪って行くからね。これほど堂々とバッドエンドした映画も珍しい。だから公開時、映画ファンの間ではちょっとした話題になっていた。
ただ、私がこの作品を選んだのはそのバッドエンドに対して「裏切られた」という感情を全然持たなかったからなんだよ。それは多分、映画を観に行った人は全員、そうだったんじゃないかな。
なぜかといえば、映画の構成がちゃんとミスター・サイレンスに思い入れ出来ないようになっているから。多少の性格設定はあっても喋れないので、観客は彼になかなか感情移入できない。
――なるほど!
それに、キャスティングを考えただけで、ストレートに正義が勝つ映画にはならないんじゃないかという予感もする。トランティニャンは陰のある役を多く演じて来た役者でしょ?『暗殺の森』(70)とか、悪党を演じた『フリック・ストーリー』(75)とか。
フランコ・ネロやイーストウッドとは違うわけだ。このふたりが最後に殺されるというのは、それこそ怒るくらいの裏切りになる。今風に言うと「胸糞映画」と呼ばれるかもしれないくらい。でも、トランティニャンだから「そうなるかもしれない」という心の準備が出来る。おそらく監督のコルブッチもそういうことを考えてキャスティングしたんだと思うよ。
――確かに、そうかもしれませんね。でも押井さん、そういうトランティニャンについての予備知識があれば裏切られた気持ちは薄いでしょうが、そうじゃない観客もいるわけだし。
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