“裏切られた映画たち”とは、どんでん返しなどではなく、映画に対する価値観すら変えるかもしれない構造を持った作品のこと。そんな裏切り映画を語り尽くす本連載ですが、今回をもって最終回となります。最後に取り上げるのは、井伏鱒二の同名小説を佐田啓二と岡田茉莉子出演で映画化した『集金旅行』です。
取材・文/渡辺麻紀 撮影/ツダヒロキ
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みんな映画を観ることで、大人になったときのシミュレーションをやっていたんです。
――連載15回目の作品は日本映画の『集金旅行』(57)です。原作は井伏鱒二、監督は中村登、出演は佐田啓二と岡田茉莉子です。軽いコメディというカテゴリーですが、幼かった押井さんにとってはラストが衝撃で、文字通り「裏切られた!」と感じたそうですね。
押井 最初に観たのは小学生だよ。それも低学年のころ。夏休み、上の兄貴と逗留先の(三重県)尾鷲市で観たんだと思う。この兄貴、私は当時、親戚のおじさんだと思い込んでいたんだけど、そのとき、みんなの話から実は腹違いの兄貴であることがわかった。父親と先妻の間に生まれた息子で私とは10歳以上、離れていた。私に本を買ってくれたのはこの兄貴ですよ。オヤジは何も買ってくれなかったけど、兄さんはいつも買ってくれていた。だから、私も大好きだったんです。
まあ、そういう裏事情もあったせいで印象が強い映画になったのかもしれないけど、少年の私はこの映画を、最終的には美男美女がくっつくだろうと思って観ていた。一緒に旅行することになるのが佐田啓二と岡田茉莉子という当時のハンサム&美人スターなんだし、当然ですよ。ところが、最終的に岡田茉莉子が選ぶのは、一緒に阿波踊りを踊った太ったオヤジ。佐田啓二は宿でずーっと彼女の帰りを待っているんだけど結局は帰らず……というのが衝撃的だった。私にとっては『白馬城の花嫁』(61)と同じ衝撃ですよ。
――ふたりは東京の同じアパートの住人で、そのオーナーが突然死したため、彼に借金があるかつての知り合いを訪ねてお金を返してもらおうということになる。その“集金旅行”のメンバーになるのが編集者の佐田啓二と、水商売っぽい岡田茉莉子、そしてオーナーの遺児の小学生っぽい少年。彼を別れた母親のもとに届けるのももうひとつの目的です。押井さんのいう「太ったオヤジ」は花菱アチャコ。岡田茉莉子とは昔、ちょっと付き合ったことがあり、妻がいたので別れたけれど、いまは妻とは死別。岡田茉莉子がその座に収まることになるわけですね。
押井 確か最後、岡田茉莉子が佐田啓二を責めるでしょ?「あんたが私に手を出さないから」みたいな感じで。だから、私の頭のなかにはインテリゲンチャは頭でっかちでダメだという価値観が刷り込まれちゃった(笑)。何せ小学生のころの記憶だから曖昧なんだけどさ。
――押井さん、その記憶は正しいですよ。まさにそう言っていました。各地の旅館に泊まるたびに「手を出すな」と岡田茉莉子が言うんですが、それはあくまで建前なのに、彼はそれを最後まで守るんです。それでオヤジに持って行かれちゃう。
押井 インテリって頭でっかちでダメ。だから、自意識もヘチマもない太ったオヤジに負けてしまう。当時は子どもだったから、そういうのが判るはずもなく、由緒正しい二枚目でしかもストイックな男が負ける理由がよくわからないし、それが悔しくてずーっと憶えていたところがある。
もうひとつ、強烈に憶えているのは列車内のシーン。岡田茉莉子がタバコを指に挟んだまま居眠りする。スカートにポトンと灰が落ち、前に座っていた佐田啓二がそれを払おうと手を伸ばしたら、いきなりはたかれる。
――押井さん、それは違いますね。列車で彼女が居眠りしているとき、短めのスカートの裾から下着のレースが覗くんです。周りのオヤジたちが凝視するので、佐田啓二がスカートを直してやろうとすると、そこで目がさめるというエピソードでした。
押井 そうか……だったら私は60年間、自分の妄想を信じ切っていたことになるなあ。私の記憶ではそのタバコが妄想の半分、もう半分は阿波踊りだったから。
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