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<文・太田光>
残酷な世界
都内は厳戒態勢だった。
道路は通行止めになり、たくさんの制服を着た警官が、緊張した面持ちで、あちこちに立っている。
数え切れないほどの警察車両が立ち並んでいる。
「気を引き締めろ、いいか、絶対油断するな! ネズミ一匹通すんじゃないぞ!」
警官の指揮をとる男が無線で何度もくりかえしている。
耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコは立ちつくしてその様子を見ていた。架空の動物であるウサギネコの姿は普通の人間には見えない。
「ネズミ一匹通すニャか……おれみたいなネコ……あ、間違った、ウサギも見つかったらニャにされるかわからニャイニャぁ……ケケケ……もう誰かを傷つけるわけにはいかニャイもんニャぁ……」
ウサギネコはため息をついて移動する。
警備の外側では大勢の人が葬儀に反対をする声を上げていた。
「こんなことは許されない!」「国民をバカにするな!」「国の恥だ!」
ウサギネコはジッと人々を見ていた。
「お前たちは優しいニャァ。権力に人生をボロボロにされた人の気持ちを思いやってるんだニャぁ。こいつらはいつ見ても愚かだけど、優しいんだニャ……ケケケ」
プラカードを持ち、叫んでいる人々にはウサギネコは見えないようだ。
ウサギネコはトコトコとしばらく歩いて、テレビ局に入っていった。警備員も受付も誰もウサギネコが見えないようだ。
スタジオでは、専門家達が中継の様子を見ながらワーワーと激論をしていた。
「こんなことして何の意味があるんですか!」「この国の政治家は間違った方向にいこうとしてます!」「戦後最大の過ちですよ!」「なぜハッキリ説明しないんですか!」
ウサギネコはジッと見つめる。
「みんニャ真剣ニャンだニャぁ。自分達の国をニャンとかしようとしてるんだニャ……ケケケ……真面目だニャぁ」
ウサギネコはテレビ局を出ると、またトコトコと歩いて大きな建物の中に入っていった。そこはある集団の本部だった。
広い部屋に大勢の人がいて、その前で男が皆に話していた。
「マスコミも世間も我々を悪として目の敵にしています! でも不安を感じることはありません。必ず我々は救われます!」
不安そうな人々はその言葉に深くうなずいた。誰も隅にいるウサギネコに気づかない。
「ケケケ……みんニャ怖いんだニャぁ。孤独で、ニャンだかわからニャイ、いるんだかいニャイんだかわからニャイものに、救われると思わずには生きていけニャイんだニャぁ……ケケケ、いるんだかいニャイんだかわからニャイだって?……おれもそうだったニャ……ケケケ」
ウサギネコはトコトコ歩いてある一軒の家の中に入った。リビングルームでは家族と親戚が集まっていた。皆真剣に話している。その家の息子がわけのわからない団体に入ってしまい帰ってこないことについて、どうすればいいのか、ずっと話し合っている。もう何日も、眠りもせずに。
テレビでは大きな葬儀の様子が映し出されていた。
母親はずっと泣いていた。その母親の背中を父親がずっとさすっている。
「……どうしたら元のあの子に戻ってくれるのだろう」
母親は、泣きながら呟いた。
「大丈夫だ。きっとわかってくれる。わかってくれるさ」
ウサギネコはジッと見つめている。
「親子で言葉が通じるようにニャればいいのにニャぁ。この動物界でお前たちだけが、せっかく言葉が話せるのに……ケケケ……おれを抜かしてだニャ」
ウサギネコは家を出て無機質な建物の中に入っていった。警備員も看守もウサギネコに気づかない。
四角い部屋の中で青年が俯いて座っていた。
あの日からずっとこうしているようだ。
ウサギネコはジッと青年を見つめる。青年は顔を上げようとしない。
「お前はずっと残酷ニャ世界にいたんだニャ……そして今も、ずっとその世界にい続けてるんだニャぁ……はぁ……」
ウサギネコはため息をついた。
ウサギネコは建物を出てまたトコトコと歩いて周りを厳重な警備で囲まれている家に入って行った。
誰もウサギネコに気づかない。
部屋の中には喪服を着た遺族が誰も何も話さずに座っている。
テレビからは故人を称賛する声と、批判する声が交互に流れてくる。シュプレヒコールをする人々の映像も流れる。
「テレビを消して」
この世界に残された女性が言うと、誰かがテレビを消した。
ウサギネコは女性をジッと見つめる。
女性は俯いたまま何も言わない。ただジッとその時を待っていた。
ウサギネコはジッと見つめる。
「……さっきのあいつのいた世界も残酷だったけど、あの日以来、お前もずっと残酷ニャ世界に住んでるんだニャぁ。そしてきっと、これからもきっと一生、残酷ニャ世界に住み続けるんだニャぁ……ケケケ、誰かが気づいてくれるといいニャ」
ウサギネコは家を出てトコトコ歩いて、町の外れの小さな家の縁の下に入って寝ころがった。
「……ケケケ……ニンゲンは本当に大変だニャ……こんニャことニャら大きニャ葬式ニャンてやらニャきゃいいのに……その点おれ達はいニャくニャる時は人知れずこうして、ニンゲンの目につかニャイ場所を探して消えるニャ……ムニャムニャ……こっちの方がよっぽど楽だニャ……」
そう言うとウサギネコは目をつぶった。
しばらく時間がたってウサギネコは飛び起きた。
「違う! おれはネコじゃニャイ! ウサギだニャ! 縁の下ニャンか入ってきてどうするんだニャ!……それにおれはまだ消えニャイし!」
そう言うとウサギネコは慌てて縁の下から出て空へ飛んでいった。
終わり。