【2022年8月号 爆笑問題 連載】『偽救世主』『ああだ、こうだ、萩生田』天下御免の向こう見ず

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<文・太田光>
偽救世主

「喉から手が出るほど銃が欲しい」
 そう投稿した日からずっと青年は手製の武器の工作に何年もの時間を費やしてきた。
 今、それが完成した。
 小さなアパートの部屋。
 青年は一通の手紙を書いていた。これから行う自分の行動について、ネットで見つけたブログの主に宛てて説明する内容だった。
 これから狙う標的は、「自分の本来の敵ではないのです」と。青年は、手紙を書き終えると出来上がった工作物の性能を確かめた。
 カチ……。カチ……。カチ……。
「ケケケケ」
 ヘンテコリンな声がした。振り返るとそこにいたのは奇っ怪な白い小さな動物だった。
 耳が長くてウサギのようだが顔は完全にネコのウサギネコだ。
 青年はまっすぐウサギネコを見つめた。
 ウサギネコはニヤニヤしている。
「……お前、おれを見てニャンにも思わニャイのか?……ケケケ」
 青年は再び工作物に目を落とし、点検を始めた。
「ケケケ、お前はお前の敵にそっくりだニャぁ……」
 ……わかってる。
 と、青年は思った。
 そんなことはじゅうぶん自覚していた。
 それでもやらなければならなかった。
「本当かニャぁ?……本当に自覚してるのかニャぁ?……ケケケ……お前は嘘つきだニャ」
 ……嘘じゃない。自分が今やろうとしている目的の為に狂信的になっている姿は、方向は真逆でも、あいつらと似ている。
 青年が「自称現人神」と呼んだ、「偽救世主」と、その一族。彼らを神と崇める集団。その存在を許容する社会。
 その全てを「人類の恥」と青年は思っていた。実行しないわけにはいかない。
「ケケケ、お前はバカだニャぁ……お前はまだわかってニャイ。お前が向かって行こうとしてるのは、出口じゃニャイ。入り口だニャ。お前はきっとこの先に進んだら後悔するニャ」
「後悔がなんだ? 後悔など、今まで散々してきてる」
 思わずウサギネコに向かって声を出した。
「ケケケ、お前、誰に話しかけてるんだニャ? おれは架空の存在だニャ。お前はおれに話しかけちゃダメニャンだニャ。……ケケケ。架空の存在を否定したいんだったら、お前は絶対におれに話しかけちゃダメニャンだニャ……バカだニャ……ケケケ」
「黙れ」
「黙らニャイニャ。おまえが話しかけてる限り黙らニャイ……」
「うるさい」
「お前はお前が憎んでる相手にそっくりだニャ……架空の存在を否定するニャら、現実の人間のニャかで生きるしかニャイ。人間と話すしかニャイんだニャ」
「人間と話す?……ふっ……散々話してきたさ。この社会で言葉が何の意味を持つ? 言葉なんか通じないと、思い知ったからこうしてるんだ」
「ケケケ、確かにニャぁ。人間は本当にバカで、言葉が通じニャイニャ。ケケケ! おれとはこうして言葉が通じてるのにニャぁ」
「何だと?」
「おれとはこうして話してるニャ。架空の存在のおれとだニャ……ケケケ!……お前たち人間は本当にバカだニャ……言葉が通じニャイ間違いだらけの存在だニャ……架空の存在のおれとか……あるいは……全知全能の神と違ってニャ」
 神……。
 青年の脳裏に、全く言葉が通じなくなった母親の姿が浮かんだ。
 息子の言葉を受け入れようとせず、神とばかり話している姿だ。
「お前たちはそっくりだニャ」
 母は、神とだけ言葉が通じた。
 ウサギネコはニヤニヤしながら続けた。
「お前たち人間は、本当にバカだから、いつも間違い続けてる。全知全能とは大違いだニャ……ケケケ……言葉が通じニャイと思ってるのは、お前だけじゃニャイ。おれはこの世界からバカニャ人間をたくさん見てきたニャ。自分の言葉が通じてるニャンて感じてるやつは一人もいニャかった。間違いだらけの人間と人間は、バカ同士だからニャ。互いに誤解しあって全然言葉が通じニャイんだニャ……ケケケ……」
 そんなことはわかってる。だからこそ、目を覚まさせる必要がある。
「ケケケ!……人間が目を覚ますニャンてことはニャイ……今までの歴史上、誰一人としてそんニャことを出来た人間はいニャイ。そもそも目を覚ますってニャンのことだ? お前は人間以上にはニャれニャイ。それともお前は神かニャ?」
「違う!」
「わかってるニャ。……ケケケ……お前が全知全能ニャンっていう存在を否定したいニャら、方法はたった一つしかニャイ。……間違いだらけの人間を肯定するしかニャイ。それしか方法はニャイんだニャ。人間がバカであるってことを受け入れるしかニャイんだニャ。お前が神の世界を否定したいニャら……バカニャ人間であるお前は、同じバカニャ人間と一生言葉ニャンか通じニャイ世界で生きることを受け入れるしかニャイ。お前がニャにをやっても人間は目覚めたりしニャイ。神と違って人間には限界があるんだニャ。全知全能じゃニャイ、バカニャ人間であるお前は、一生言葉が通じニャイ世界で生きることを受け入れるしかニャイんだニャ」
「俺はこの先、この世界で生きていこうなどと思ってない……」
「ケケケ、おれが心配してるのはそこだニャ。お前は、きっと生きのびるニャ」
「何?」
 ウサギネコは、ニヤニヤしながら青年に近づき言った。
「さっき言っただろ、お前がこれから行こうとしてるのは、出口じゃニャイ。入り口だニャ。お前はこの先もきっと生きていくんだニャ……おれが心配してるのはそのずっと先のことだニャ」
「この先のことなんてどうでもいい」
「今はそうだろうニャぁ。……でもこれから、うんと時間がたった時。一〇年、二〇年先だニャ」
「そんな先の世界なんてどうでもいい」
「ケケケ、だから人間はバカニャンだニャ。そう簡単ニャことじゃニャイ。人間はバカニャくせに考えることを絶対に止められニャイ。この先、一〇年、二〇年先に、言葉が通じニャかった母親とお前が言葉で通じ合っちゃった場合……」

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