【2022年7月号 爆笑問題 連載】『喜劇』『「世界陸上、続けられません!!」』天下御免の向こう見ず

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<文・太田光>
喜劇

 四角い無機質な部屋。
 殺人を犯した男がカウンセリングを受けている。男は高笑いをしていた。
「何がおかしいの?」
 カウンセラーの女性が怪訝そうに言う。
「クククッ」とまだ笑っている男の名はアーサー。
 カウンセラーはアーサーの返事を辛抱強く待つ。

 アーサーの脳裏に浮かぶのは、今までの自分の人生だ。
 僕の人生は、悲劇ではなく喜劇だ。
 彼の夢は一流のコメディアンになることだった。憧れはマレー・フランクリン。この国の象徴のようなスターだ。自分の名前が付いた冠のTVショーを持つ大物コメディアン。
 アーサーは、年老いた母と二人暮らし。貧しい生活だった。笑いたくもないのに突然笑ってしまう持病があった。仕事は道化師。ピエロのメイクをして、店の看板を持ってセールの宣伝をしたり病院の慰問をしたり。しかし社会は彼を拒絶した。
 富裕層の連中は彼を見下し軽蔑しあざ笑った。精神科医にも見放され、女達は彼を気味悪がり、近づこうともせず、例え近づいてもすぐに離れていった。
 そして一番愛していた母は、自分よりも、有名な資産家に救いを求め、母を「イカレた女」と呼ぶその資産家を狂信し、馬鹿みたいに信じ続けていた。信じても仕方ないのに。資産家は何もしてくれないのに。何もしてくれないどころか、自分と母の人生は、その資産家によって滅茶苦茶にされたのに、そいつは悪なのに。その悪を母は信じ続けたのだ。
 アーサーは発作的に笑い続け、自分の言葉を聞こうとしない、裏切り者の愚かな母を殺した。本当は悪の根源である資産家を殺したかったが、出来なかったので、ターゲットを変更した。この国のシンボル、憧れだったマレー・フランクリン。大物コメディアンを公衆の面前で、つまり、彼のショーの生放送中に射殺した。
 アーサーは彼のショーにゲストとして出演した。ピストルを持って。
 ショーの最中、彼は自分の殺人を告白した。そして言った。
「僕は政治には無関心。人を笑わせたいだけ。僕の人生はまさに喜劇だ」
「人殺しが笑えることか?」と、マレーが聞く。
「そうさ。自分を偽るのは疲れた……喜劇なんて主観さ。そうだろ? みんなだって。この社会だってそうだ。善悪を主観で決めてる。同じさ。自分で決めればいい。笑えるか、笑えないか。どいつもこいつも最低で狂いたくもなるさ」
「君は狂ってるから人を殺してもいいのか?」
「マレー。外の世界を見たことがあるか? 誰もが大声で罵り合ってる。礼儀も何もない。誰も他人のことを気にかけない。あの偽善者の団体が、僕の気持ちを考えるか? 他人の気持ちなど考えない。こう思うだけさ。黙っていい子にしてろ!」
「終わった? 君は自分を憐れんで、殺人の言い訳を並べてるだけだ。みんなが最低なわけじゃない」
「アンタは最低だ。僕を笑い者にした。あいつらと同じだ」
「私を知らないくせに」と、マレーが説教の演説をし始めた途中で、アーサーは言う。
「報いを受けろ、クソ野郎」
 そしてマレーを射殺した。

 カウンセラーの女性はジッとアーサーの答えを待っている。
 アーサーは笑いを抑え、ようやく言った。
「ジョークを……思いついて」
 カウンセラーは戸惑いながら言った。
「……聞かせて」
 アーサーは言おうとして口ごもる。
「……理解出来ないさ」
「ケケケケケケ!……もったいぶるニャよ、どうせニャにも浮かんでニャイだろ……ケケケケケケケ!」
 ヘンテコリンな笑い声が部屋に響いた。
 アーサーは戸惑ってカウンセラーを見る。
「どうしたの、アーサー……そのジョークを聞かせて……」
 彼女には聞こえてないようだ。
「ケケケケケケケ!」
 自分の笑い声よりもさらに狂気じみた笑い声がする。見るとカウンセラーの後ろに奇っ怪な白い小さな動物がいた。
 耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「何がおかしい?」
「え? おかしいって何か?」
 カウンセラーが不思議そうに言う。
 後ろでウサギネコが言う。
「ケケケケケ、そうか、お前は笑われるのが嫌ニャンだったニャ、悲劇の主人公さん。お前の物語は平凡な悲劇だニャ。どこも笑いどころがニャイ」
「なんだと?」
 ウサギネコは大量の涙をジャージャー流しながら言った。
「かわいそうに! 泣けるニャぁ! こんニャ悲劇があっていいのかニャ! 人生は不公平だニャ! アーアー! ニャみだが止まらニャイニャぁぁぁぁ!」
 ウサギネコの涙はやがて部屋を満たし、溢れ、ウサギネコは溺れそうになる。
「ブクブクブクブク……プハァ!……助けて……溺れるニャ!」
 ウサギネコは、流れて来た浮き輪に必死に捕まり、耳と鼻からピューンと水を出す。
「ハァ、ハァ、ハァ……死ぬ所だったニャ」
「やめろ! 俺をコケにするな!」
 アーサーは机を叩き叫ぶ。
「アーサー? アーサー! 静かにして!」
 カウンセラーは、アーサーに言う。
「ケケケケケ!」ウサギネコは笑う。「本当にお前は常にシリアスだニャぁ。お前の物語のどこを笑えって言うんだニャ? ニャにがジョーカーだニャ? 深刻ぶってどこも笑えニャイよ、お前はコメディアンでもニャンでもニャイ、どこにでもいる平凡ニャ嘘つきだニャ」
「違う!……違う!……僕の人生は喜劇だ! この人生そのものが喜劇だ!」
「喜劇の主人公はその言葉だけは絶対に口にしニャイニャ。自分で喜劇だって言っちゃったら終わりだニャ」
 アーサーは突然笑い出した。
 ウサギネコは低い声で言う。
「嘘の笑いをやめろニャ。それ病気だろ?」
 アーサーは笑い続けている。
「ケケケ、人を笑わせたいだって? 嘘つきだニャぁ、言っとくけど、お前は道化じゃニャイ。よくいるいんちきハムレットだニャ。ケケケケ! 本気で笑えないやつがなんで、コメディアンにニャれるんだニャ? 笑いをナメるニャ!」
「黙れ! クソネコ!」
「ネコじゃニャイ! ウサギだニャ。ケケケ」
「黙れ! 黙れ! 黙れ!」
 アーサーは机をひっくり返した。
「やめて! アーサー!」
 カウンセラーの女性が、アーサーを抑えようとするが、突き飛ばされて壁に当たり、気を失って倒れる。
 アーサーの目からはとめどなく涙が溢れ、鼻水がしたたり落ちる。

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