【2022年2月号 爆笑問題 連載】『国民の僕』『KYON50000』天下御免の向こう見ず

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<文・太田光>
国民の僕

 夜の市街地。あちこちで爆撃の音がする。
 サイレンがなっている。
 壕の中。大統領は眠りもせず、考え続けていた。
 どうすればいい?
 彼は誇り高く戦った。この国を守る為ならどうなったっていい。
 思えば、この国はずっと平和を願い、何百年も戦ってきた。
 彼はこの国の歴史を思う。古くはモンゴル、リトアニア、ポーランド、帝政ロシア、オーストリア、ナチスドイツ、ソヴィエト……。
 多くの国がこの国を支配し、分断し、ある時は二つに別れ敵味方として戦ってきた。
 願いはいつも同じだった。独立と平和だ。
 今その平和が脅かされている。
 彼は国民に呼びかけた。志しがある者は、武器を持ち戦ってほしい。
 相手の力は強大だった。
 彼はずっと自分に問いかけていた。自分の大統領としての判断は間違っていないか。本当に正解なのか。
 絶対的な正解など見つからないことはわかっていた。しかし問わずにはいられなかった。
 少し前、彼は相手の出してきた停戦交渉に応じると答えた。
 条件はこちらに不利に思えた。成果はとても期待出来ない。当然自分の今の立場はなくなるだろう。命の保証もない。
 それでも彼は国民を守りたいと思い続けていた。世界中から届く支援の声には勇気づけられた。孤独ではないと感じた。 
 このまま最後まで戦い続けるべきか。
 停戦交渉ではどこまで応じるべきか。
 そろそろ迷うことをやめなければいけない。
 彼が望むのは平和だった。そして安全、生命、自由。
 大きな爆撃音がして壁が揺れ、崩れた石が落ちてきた。近くに爆弾が落ちたようだ。
「フギャ!!」
 ヘンテコリンな声がした。
「冗談じゃニャイニャ! まったくあのハゲ!」
 見ると暗がりから出てきたのは奇っ怪で白い小さな動物だった。
 彼は目を丸くした。
「なんだ、ネコか……」
 彼は久しぶりに少しだけ笑顔になり、動物に向かって口笛を吹き、手招きした。
「おい、こっちおいで、お前もそこにいちゃ危ないぞ……」
 彼はカバンの中からパンを出すとちぎって地面に放った。
「こんなもんしかなくてすまないがな。今は非常時だ。許してくれ、ホラ、食べな」
「ふん! 失礼ニャ! おれはネコじゃニャイ! ウサギだニャ!」
 彼は驚く。ネコが喋っている。どうやら幻覚が見えるようだ。少し眠るか。
「ケケケ、幻覚じゃニャイニャ……おれは正真正銘のウサギだニャ……大統領」
 動物はそう言いながらこちらにやってくる。よく見るとそれは耳は長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだった。
 再び大きな爆撃があって、地面が揺れた。
「フギャぁぁぁ!!!」
 ウサギネコはすっ飛んで彼の後ろに隠れる。
 また壁が少し崩れてきた。
 しばらくして静寂が訪れると彼は背中のウサギネコに言った。
「大丈夫そうだ。出ておいて」
「ふざけんニャ! おまえアイツにニャに言ったんだニャ!」
「あいつ?」
「あのガンガン撃ってくるアイツだニャ! 正気の沙汰じゃニャイニャ! 髪の毛のことでもいじったのか?」
「え?」
 彼は思わず吹き出した。
「わからないがな。きっと、それよりもっと不愉快なことを私が言ったんだろう」
 ウサギネコは首をかしげた。
「……まったく、ニンゲンってやつは……やっかいだニャぁ。民族か?」
「え? 民族?……おまえネコのくせによくそんな言葉知ってるな」
「ウサギだニャ! バカにするニャ!」
「民族か……民族っていうのとも少し違う」
 彼は笑った。
「それを言うなら私はユダヤ系だ。言葉だってこの国の言葉は就任してから必死に覚えた」
「じゃニャンだ?」
「そうだな。難しい質問だ。……しいて言うなら国家かな」
「ケケケ、ニャンだ! ニャわばりか」
「縄張り?」
「まったく、ニンゲンはめんどくさいニャぁ。ニャわばりだったらおれたちだってよくモメるニャ。でも解決するのは簡単だニャ」
「ほう。どうするんだ?」
 ウサギネコはニヤリと笑う。

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投稿者プロフィール

爆笑問題(ばくしょう・もんだい)
爆笑問題(ばくしょう・もんだい)
太田光(おおた・ひかり)●1965年埼玉県生まれ。中でも文芸や映画、政治に造詣が深く、本人名義で『マボロシの鳥』(新潮社)などの小説も発表。
田中裕二(たなか・ゆうじ)●1965年東京都生まれ。草野球チームを結成したり、『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)などで披露する競馬予想で高額馬券を的中したりと、幅広い趣味を持つ。
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