『レミーのおいしいレストラン』梅津泰臣 第2回【連載 アニメ人、オレの映画3本】

祝! TV Bros.WEB Start!!

というわけで、本誌2021年8月号でイントロダクションした新連載『アニメ人、オレの映画3本』の第2弾です。

前回はアニメ界の大ベテラン、ハリウッドで実写化もされた『A KITE』や『刀剣乱舞―花丸―』のオープニングで知られる監督&アニメーターの梅津泰臣さんに1本目、韓国のポン・ジュノ監督による『母なる証明』について熱く語っていただいた。WEB版第1弾&梅津さんの第2作目となる今回は、あのピクサースタジオの『レミーのおいしいレストラン』(2007)! 果たして、どんな話が飛び出しますか。

取材・文/渡辺麻紀 イラスト/梅津泰臣

<プロフィール>
梅津泰臣(うめつ・やすおみ)●1960年福島県生まれ。数多くのアニメ作品で原画・脚本、演出などを務める。主な監督作品に『A KITE』(1998年)、『MEZZO FORTE』(2000年)、『ウィザード・バリスターズ 弁魔士セシル』(2014年)など。

梅津泰臣編第1回はこちらに掲載されています。

 

料理に限らず、クリエイティブな仕事にはすべて当てはまる言葉に惹かれた『レミーのおいしいレストラン』

 

――ちょっと意外ですよね、ブラッド・バードで『アイアン・ジャイアント』(1999年)や『Mr.インクレディブル』(2004年)ではなく『レミーのおいしいレストラン』を選ぶのは。

そうかなあ。でも、『レミー』がピクサー作品のなかでは一番好きで、年に2、3回は観返している。もちろん、『アイアン・ジャイアント』も大好きだけど。

その理由のひとつは、美術と背景が素晴らしいから。パリが舞台で、その街並みが本当に美しく、実際にこういう場所があるに違いないと思わせてくれる。だから、「行ってみたい!」という気分になるんです。アニメーションで、そういう感覚を味わったのはこの映画が初めてだった。

――宮崎(駿)さんの『魔女の宅急便』(1989年)等もヨーロッパっぽい町を細部にわたって再現していましたけど、そっちじゃなくて、こっちだったんですね(笑)。

そういう美術のこだわりについては、バードも宮崎さんも同じような系列の監督なんじゃないのかな。作品のなかに、この町は実際に存在しているという説得力をもたせることが出来る監督。でも、『魔女宅』の町には行きたいとは思わなかったけど(笑)。

あとはやっぱり、料理からはもっとも遠い存在であるネズミがシェフを目指すという発想。しかも白いネズミならまだしも、灰色のドブネズミっぽい感じで、ゴミを漁って食べたりする描写もある。これって、かなりのチャレンジですよ。

――そういうのは、敢えてやったようですよ。

そういうところは、さすがチャレンジャーのバードだよね。この物語は彼のオリジナルなの?

――『レミー』は、ほかのピクサーのスタッフが抱えていた企画で、なかなか形にならず、プロデューサーのジョン・ラセターがバードにSOSを出し、彼が監督となって仕上げたんです。なので、ストーリーはほかの人のアイデアになりますね。

そういう裏話があるんだね。僕が好きだったのは、シェフを目指し、おいしい料理を作りたいレミーだから、二足歩行して手を汚さないようにしていたり、料理のまえにちゃんと手を洗うところ。そういう細かい設定も、レミーがシェフになるという、ありえないストーリーを説得力のあるものにしている。それに、レミーの“ホンキ”がちゃんと伝わるじゃない。だからこそ、ドブネズミであることを忘れて応援したくなる。こういう丁寧さは学ばなきゃいけないと思いますよ。

――公開のときに話題になったのは「しずる感」ですよね。レミーが作る、単なるオムレツであっても、おいしそう! って思っちゃいますから。

この映画に出会うまで、ラタトゥイユというフランス料理を食べたことがなかったので食べたんですよ。おいしかった!

――でも、最後のキメの料理が、料理評論家の、懐かしい母親の味、ラタトゥイユというのは、ちょっと安直だと思いませんでした? 

それは僕も考えた。自分だったらどんな料理にするだろうって。ラタトゥイユって南フランスの家庭料理だから、日本料理に置き換えると、肉じゃが等のポピュラーな料理になるわけでしょ? みんなが納得するのは、誰もが知っている料理じゃないといけないんだと思う。名前の難しいフレンチを出すよりも、説得力はあるよ。

――そう言われると、難しい名前のフレンチはさすがにダメでしょうから、やっぱりポピュラーな料理になるのかもですね。

その辺のことは、ちゃんと考えているよ、バードは。

――梅津さんは、そういう料理の表現にも惹かれて何度も観るんですか?

いや、一番の理由は、レミーが憧れるシェフのグストーの「誰でも名シェフになれる」という言葉。彼は続けて「偉大な料理は勇気から生まれる」と言うんですよ。

この言葉や考え方は、料理に限らず、クリエイティブな仕事にはすべて当てはまる。当然アニメーションでも。しかも、そのテーマを体現するのがドブネズミなんだから、それこそ“勇気”だと思ってしまう。

――なるほど!

そういうグストーの対極にいるのが料理評論家のイーゴというじいさんで、料理は「誰にでも出来るはずがない」という考え方をもっている。つまり、クリエーターと評論家の関係性も描いているんですよ。

――それは共感するところが多いでしょうね。

そうなんです。で、結局、イーゴは、ネズミが作ったとは知らずに、ラタトゥイユのおいしさに涙を流す。つまり、「誰でも名シェフ」のほうが正しかったんです。

シェフがネズミという真実を知ったイーゴの評が「誰もが偉大な芸術家になれるわけではないが、誰もが偉大な芸術家になってもおかしくはない」「私はお腹を空かせて、またあの料理を食べたい」と言うんですよ。

これは最高の誉め言葉。人間であろうがネズミであろうが、おいしければいいと言っているんです。

そしてまた、彼はこんなことも言っている。

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