ワレワレのモロモロ外伝 岩井秀人

「やってみたい」ということを信じる【岩井秀人 連載 6月号/最終回】

いわい・ひでと●ハイバイ「再生」、東京公演に来ていただいた方、ありがとうございました。三重公演を7月1日・2日に三重県文化会館・小ホール、山口公演を7月8日・9日に山口情報芸術センター [YCAM]スタジオBで行います。三重公演はチケット完売、山口公演はチケット発売中です。各公演の当日券に関する情報は公式ツイッターをご確認ください。

  

TV Bros.の連載も、これにて終了なのだそうな。

もはや何年やってきたか、多分10年以上、連載させてもらってきたし、本まで出してもらったし、やはり「とうとう来たか」という感じもしている。それがネガティブな感覚かと言われると、そうではなく、「今、通りの向こうで木が風に吹かれておるな」的な自然さを感じている。木から落ち、風に落ちて漂う葉が、下を進むバギーに座った、司令官のように憮然とした幼児の薄らハゲ頭に軟着陸し、その因果か、幼児が一瞬微笑んだ。くらいのレアさは感じている。いずれにしても、僕がどうこうできることじゃないよね〜、である。

連載当初の男岩井だったら、何かと自分の責任にしただろう。「俺のコラムの何がいけなかったんだ!!」「クビを切られた!!」と。自分を責め終えると、今度は世界を責め、この世の全てに理由があり、それら理由の全ては、自分の根性やら強引な行動でどうにかできると信じていた。「オウノー!」と、まずは部屋でひとり頭を抱え、どうにかしてそれをアウトプットに繋げる。そのアウトプットも、誰かに文句を言うとか、誰かに同情してもらうとかが主で、稀に勝手に気合いの入ったコラムを書いてみるという方向に向かっていただろう。勝手に自分で傷つき、そこに復讐するためにコラムを書いていただろう。結果、連載が続いたとしても続かなかったとしても、そこに残るのはコラムである。どっちにしても書くのかよ、というツッコミもござろうが、ある意味、循環を感じるし、無駄がないように思える。

が、今の男岩井、いや、もうこの連載がなくなるということは、ここでの一人称である「男岩井」でなくなるのだから、ただただ、「岩井」と名乗ることにしよう。上に書いた、「以前の男岩井なら、連載が終わったことで傷つき、コラムを書いたであろう」という事象について、現在の岩井は、すんんんごく、面倒くささを感じるようになった。まあ、「傷ついてそのエネルギーからコラムを書く」という文章からは、それほど感じられないかもしれないが、人生の大半をそういった自家発電の憤怒エネルギー利用で過ごし、表現活動に繋げてきた岩井的には、もう辟易、もっと言えばヘッキーアンドエッキーなのだ。

ちょうど今、ハイバイの公演中で、「再生」という作品の再演を行なっている。この作品は、肉体的負荷の高いシーンを、全く同じように3回繰り返す、というシンプルな構造で成り立っている。舞台美術も、音楽も照明も、3回同じシーンを繰り返す間、しっかりとその状態を保ち続けることができるのだが、その中で唯一、全く同じように繰り返せないのが、他ならぬ「人間の体」だということが、2周目の途中くらいから明らかになる。汗をかき、全身に塗っていたペイントが剥がれ落ち、ただの人間の肉体があらわになる。負荷を与え続け疲労した足が上がらなくなっていき、立ち上がるのにも、声を出さずにはいられなくなる。それでも繰り返そうとする人間の身体が、シンプルに繰り返される音楽の中、「人間の肉体や生命の有限性」として、くっきりと浮かび上がってくる。

初演でオリジナルの、多田淳之助さん(東京デスロック)の作品を見た時、僕は号泣したわけだが、今回の再演でも、興奮して叫ぶお客さんや、あの時の岩井と同じように号泣するお客さんなど、いわゆる「お芝居」では得られないカタルシスを感じているお客さんが、いっぱいいる。そんな中、「もっと何周もやってほしかった」「もっとボロボロになってほしかった」と言う感想を述べる人もいる。それはそれで否定しない。もっと俳優が動けなくなる姿を見ることで、何かの限界をやっと見ることができるという人も、当然いると思う。

ただ、僕がこの作品でお客さんに見せたい、また僕自身が見たいものというのは決して「極限までボロボロになる姿」や「演技を超えて苦しんでいる人間の姿」では、ない。ある程度追い込まれた(疲労した)際に見せる、ランナーズハイのような、躁状態のような、「まだ立ち上がれますぞ! ぬあー!」といった明るめの姿で、「意外と限界っぽいと思ってた先に、ただならぬ光がありましたよ!」とか「いつもなら恐怖で進めなくなるその先に、楽しみながら突っ込んでいったら何かが見つかり、ちゃんと楽しみながら生還する姿」だと思っている。

最初に書いた「自家発電の憤怒エネルギー利用」のような精神を、「もっと追い込まれてほしい」という意見に感じてならないというお話だ。

現在の岩井が、このコラムを俄然連載していた時の、「追い込まれなくちゃ、面白い作品は作れない」とか「かさぶたを剥がしながら書いてこそ」といった、仕事や人生にも通じる大きめな解釈「傷ついてこそ人生、または表現」というものに、疑いを持つようになったのだ。疑いと、恐怖も感じている。

その人の限界なんて、その人にだってわからないし、「もっとできる」と他人が言うことの恐ろしさも含まれているし、何より「誰かがボロボロになる姿を見たい」という観点も恐ろしいし「私がボロボロになる姿を見せたい」という観点まで、恐ろしいと思うようになった。

まあとにかく、楽しく生きようと思っている。

この連載が終わるのと同じタイミングで、だいぶ僕の人生も色々な転換期を迎えているように感じている。

ここ3年のコロナ禍と一緒に、演劇から演劇周辺、演劇外へと僕の興味も移っていって、作品自体よりも劇場とお客さんの関係や、劇場以外での演劇を使った何か、例えば就労支援施設でのワークショップもそうだし、「いきなり本読み!」も演劇周辺だし、「ぶどうを育てる」はもはや演劇じゃないし、「岩井バー」も演劇からは遠い。

でも、僕の中ではだいぶ色々と繋がっている。いや、繋がってないわ。考えてみたら繋がってなかった。でも、それでいいと思ってる。

「やってみたい」と思ったことをやってみる、ということが、ここ一年くらいの自分の幸福感だと思っている。思いついたことの中から、できそうなことを「やってみる」というのが、めちゃくちゃ楽しい。

「岩井バー」も、下戸ゆえにバーに対する憧れのようなものがあり、自分で開くしかないと思ってやってみたところ、そこから池谷のぶえさんに店長をやってもらって演劇相談室みたいなことをやったり、「奢りあうことでしか飲めない」というコンセプトでやった「おごリングバー」も、ひとまず「岩井バー」をやってみたことから生まれた。

この「おごリングバー」も、めちゃくちゃ面白かった。通常なら当然、自分の酒代は自分で出す。が、強制的に誰かに奢らないといけないとなった時、自然と「奢る側」と「奢られる側」が生まれる。こう書くとなんだかツラめに見えてしまうが、実は実際に「奢る」「奢られる」という行為は、お互いに奢りあった場合、両者に喜びが生まれる。「飲んでちょうよ!」「いただきまっす!」という喜びと連帯が生まれる。これはとても不思議なことで、それぞれが支払った金額は、酒代を自分で出した場合と同じなのに、誰かに奢って奢られてした瞬間、喜びが発生する。

どこかのタイミングで、誰も奢るものがいなくなっていくということが起きそうなものだが、実際の「おごリングバー」では、「おごリングチケット」がなくなるどころか、カウンターに10枚くらいストックされ続けることになった。そのチケットを手に取り、チケットに書かれた「おごりし者」の名前とともに「〜〜さん、いただきまっす!」と発し、おごりし者も「どぞどぞ〜〜!」と、そこにまたコミュニケーションが生まれる。なんだこの天国。お店も潤うし。

まあとにかくそういった喜びの発見が生まれたわけで、思い返せばバーをやりたい、やってみたい、というだけの動機で始めたことが、そこまでの広がりを見せたのだ。いや、広がったから価値があるという話ではない。とにかく「やってみたい」ということを信じるということが大事なのだということを言いたいのだ。

「やってみたい」ことに、さらなる動機は見つけにくい。だけど、「でもやめておこうかな」という理由はいくらでも見つけられてしまう。「お客さんが来なかったら」とか「奢らない人が出てきたら」「コロナだしな……」とか、ほんとにいっくらでも、「やらない理由」は見つかってしまう。そうしているうちに「やってみたい」という動機がどんどん、小さなものに感じられてしまうのだ。

でも、「やってみたい」を大事にする力が、めちゃくちゃ大事なのだと、ここ一年、心底思っている。

で、この連載は終わるんだけど、岩井自身の「やってみたい」の連載は、これから先も続きますので、もし興味あったりする人は、SNSとか覗いてみてくださいな。バーもぶどうも、結構みんなウェルカムなので。あそうそう、今日「再生」の東京千秋楽なんだけど、こちらでも試しにやってみた立ち見席「燃えよ!スタンディングエリア!」が、めちゃくちゃヒットだったよ! 客席後方から、踊りながら叫ぶ声が客席全体にも舞台にも響き渡り、お客さんたちもすごい楽しかったって言ってたし、舞台上の生命体たちも「すげー興奮した!」っていってたし。これも「やってみたい〜」だけだったので、やっぱりそれを叶えてやらないといかんのですな!

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