枡野浩一(歌人)×鎌田順也(劇作家)対談「職質、その理不尽なるもの」

任意だけど逃げられない。服が迷彩柄と目をつけられる。坊主、逆に極端な長髪も怪しまれる……。

これらは職務質問(職質)をめぐる都市伝説のような噂の例です。犯罪を未然に防ぐ目的とは言え、やましいことがないのに犯罪を疑われるなんてたまったものではないはず。女性への職質はあまり多くないのか私(38歳女性)は呼び止められたことがなく、しかしライターの仕事を始めた数年前から急に職質よもやま話を聞くようになったのは偶然ではなさそう。警官は一体何を基準に通行人を選別して呼び止めているのでしょう。

そこで職務質問によく遭い、かつそれを作品にして発信するお二人の作家にその実態を伺いました。一人は、YouTubeチャンネルで自身の職質動画を公開している歌人の枡野浩一さん。もう一人は、自身の経験を元に職質での警官とのやりとりを演劇に取り入れる劇作家の鎌田順也さんです(2月24日より上演の次回作『かたとき』にも職質シーンあり)。

わかる人にはわかる、でもわからない人にはまったくわからない職質の世界。これを読んで、レギュラーで職質される人のつらさを少しでも感じていただきたく思います。

取材・文/碇雪恵 編集/前田隆弘

【公演情報】
ほりぶん第9回公演
『かたとき』
作・演出/鎌田 順也 (ナカゴー)
期間/2022年2月24日(木)~27日(日)
会場/紀伊國屋ホール(新宿)
チケット(全席指定・税込)/一般¥5,000円 U-30¥4,500 当日券¥6,000
出演/川上 友里 上田 遥 川﨑 麻里子 木乃江 祐希 川口 雅子 藤本 美也子 新井 雛子
猫背 椿 又吉 直樹 きたろう
黒衣/野上 篤史
*チケットはイープラス、チケットぴあ他で発売中。詳細はほりぶんHPを参照。

 

職質で傷つき、「職質されるほうに非がある」と思われてまた傷つく

▲左:鎌田順也さん 右:枡野浩一さん

──まずお二人の職質経験回数から伺えますか?

枡野 20代からされるようになって、約30年間のうちに少なく見積もっても100回はありますね。

鎌田 僕も20年以上受けてるから……3ケタは行ってると思います。

──20年以上ということはもしかして、まだ中学生……。

鎌田 そうです。13歳とか14歳の時に、制服着て自転車で板橋区を走ってる最中に呼び止められました。それが最初の職質です。それ以降も月に1回は必ず受けてると思います。ひどい時は1日3回受けることもあるし。

枡野 僕も1日3回受けたことありますね。職質スタンプカードでも配ってほしいくらいですよ。ポイントがたまったら何かくれるくらいのことがないと納得いかないです。

鎌田 一度職質した人の情報を警官の人たちの中で共有してほしいなとは思います。お互いに時間の無駄だし。

── 1回の職質でどのくらい拘束されますか?

鎌田 10分くらいです。僕はとにかく早く終わらせたいから、基本的には素直に従います。

枡野 そうなんだ、大人ですね。僕はつい反抗しちゃうので、15分くらいはかかりますね。長引く時だと1時間くらいかかったこともありました。

【動画】だしぬけに「組合員」てなんですか? またもや職務質問ですか!

枡野 YouTubeに上げた時の職務質問は、警官が3人いたんですけどそのうち1人が新人だったんですよ。ただでさえ職務質問なんて受けたくないのに、新人研修の材料にされるなんてほんと迷惑ですよ。

鎌田 僕もそのパターン、何度もありました。そういう時はいつもより時間がかかるんですよね。

枡野 あと物書きみたいな仕事だと、持ち物の説明にも時間がかかるんですよ。前に短歌を書いたスケッチブックを持ち歩いてる時に職務質問されて。仕方ないから警官に短歌の意味を一つひとつ説明したんですけど、あまりにもおかしな状況だったんでその出来事を芸人活動中にネタにしてR-1に出てみたら、2回戦まで進みました。

──おお(笑)。

鎌田 持ち物を説明させられるの、つらいですよね。前に電子タバコを吸ってた時、警官の人に使い方を一から説明させられたことがありました。そこにいた警官の全員が電子タバコをまったく知らないっていうのも妙な話だし、あれはめんどくさかった。

枡野 なんなんでしょうね、ああいうの。僕も靴擦れに貼る絆創膏を必死で説明したことがあったな。しかもだいたい警官の人がニヤニヤしてて、それがまた嫌。

鎌田 一番怖かったのがガムですね。普通のガム。クロレッツ。ポケットの中身を見せるように言われたから、入ってたガムを出したら「これなんですか?」って聞かれて、「ガムです」って。これは怖すぎて落ち込みました。しかもこの話にはさらに落ち込む続きがあって。その話をある雑誌に寄稿したんですよ。いろんな劇作家や俳優がその年の抱負を語る企画に、自転車に乗ってると職質に遭うから今年は歩きます、という内容で。

その中にもガムの話を書いたら、「グレープ味です」って言いながらガムを噛んでる僕が、「味はどうでもいい!」って警官に怒られてるイラストが付け足されていたんですよ。そのイラストだと、警官じゃなくて僕の方がおかしなことを言ってることになっていて、これには職質以上のショックを受けました。

▲掲載されたイラストの模写

──ああ、それって世の中に「職質される方にも原因がある」ってニュアンスがあるからですよね。

鎌田 はい。だから余計に傷付きますね。

枡野 職務質問を受けない人にとっては「自分はちゃんとしているからそんな目に遭わない」と思いたい気持ちがあるんでしょうね。人は不幸な事件に遭った人に対して「落ち度があったからだ」と思いたいものらしいですよ。そう思わないと自分もいつか不幸な目に遭ってしまうと思って怖いから。でも実際には誰が遭ってもおかしくないんだけど。

──そういう視線に晒されるのって、言ってみたらセカンドレイプに近いですよね。伺ううちに職質の理不尽さが段々とわかってきました。

 

警官と目が合ったら熊に遭ったと思え

──ちなみに職質は任意だと言われていますが、実際に拒否できるものですか?

枡野 できないです、できないです。ネットに職質から逃げきる方法を書く人がよくいるけど、それはたまたまうまく行った人の生存者バイアスがかかってるから。どんな状況でも絶対に逃げ切れる方法ってないと思う。

編集前田 あの、実は僕も30代後半で東京に来てから職質されるようになったんです。それで、一度声をかけられた時に断って立ち去ろうとしたんですけど、警官が僕の前に立ち塞がるんですよ。つまり僕が前に進むためにはその警官を突き飛ばさないといけない。でもそんなことをしたら公務執行妨害で捕まりかねないから、結局は逃れられないっていう。だから、任意っていうのは建前ですね。

──実際には強制に近いということですか。職質を受けないための対策として服装や見た目を変えればいいという意見もありますが、その点はいかがですか?

枡野 うーん、どうなのかぁ。僕の動画にも「坊主は印象が良くない」とか「黒じゃなくてカラフルな服を着ればいい」みたいなコメントがついてますね。でも僕、髪を伸ばしても、カラフルな服を着てても結局呼び止められるんですよ。

編集前田 僕の場合は服装を変えてから減りました。以前は和柄のアロハシャツとか黒いシャツ、あと迷彩柄のジャケットを好んで着ていたんですが、そうするともう高確率で声をかけられるんです。

▲職質されやすかった時代の編集前田

編集前田 呼び止められるたび不愉快な思いをするので、仕方なく職質に遭わないようなカタギっぽい服装に変えようと。無地の白シャツで、ポケットがあまり付いていない、つまり「私は何も隠し持っていません」とわかる服を着るようにしたら、あまり声をかけられなくなりました。

鎌田 効果あったんですね。僕は自転車を変えたら減りました。ママチャリに乗ってると大抵だめで、ビーチクルーザーとか折り畳み自転車だと確率は下がりますね。ちなみに僕が枡野さんの動画を見て思ったのは、メガネのせいなんじゃないかって。

枡野 僕のメガネ、あやしいですか? あ、でも新宿2丁目でメガネしてない時にされたこともあったんですよ。それにもし服装を変えて減らすことができたとしても、たとえば好きでもないカラフルな服を着てまで職務質問を免れたいかというとそれも違うし。

──職務質問に遭わないことを一番の目的にしたくないですよね。しかも、警官によっても声をかける基準が違う気がするし。

枡野 そうなんですよ。昔運び屋をしていた人の話を聞いたことがあるんですけど、その人は見た目が爽やかなせいか一度しか職質に遭ったことがないそうです。運び屋だったのに。一方の僕は薬をやったこともないのに、腕に注射の跡がないか確認されて……。実際に犯罪をしているかどうかと見た目の問題は、そう単純ではないんですよ。

編集前田 警官が通行人をふるいにかける時、「勤め人か否か」を見てると思うんです。だから明らかにサラリーマンっぽかったらあまりされないはずで。でも結局それは警官の主観次第なんですよね。向こうはさも正当な理由があってやってる体だけど、「こいつ変な野郎だな」っていう差別的な眼差しで通行人を選別してるわけですよね。その差別が警官という立場でもって正当化されてるだけで。呼び止められる側は差別の視線を受けて傷つくし、さらには抵抗できずに無力なのでまた傷つくと。

──それはきっと職質のつらさにある本質ですよね。

枡野 僕の場合はこれまで嫌な目に遭いすぎているせいか、警官を見ると警戒しちゃうんですよ。「また職質される!」って。嫌な気持ちが顔に出て目をそらすと、警官の側には何かやましいことがあるように見えると。これは本当に悪循環ですよ。

鎌田 そういうのも警官の人によって言うことが違いますよね。「目が合ったから声かけました」って人もいれば、「目をそらしたから声かけました」って人もいる。どっちのパターンもあるなら、ほんともうどうしたらいいのかわからない。

編集前田 僕はうっかり警官と目が合ってしまったら、(そらすと怪しまれるので)もう目をそらさずに見つめ続けます。熊と遭遇した時のように。

枡野 そうかぁ。僕の場合は催眠療法でもかけてもらって、警察に良いイメージを植え付けてくれないと変わらないかも。警官を見た瞬間にいろんな嫌な記憶が蘇って顔に出ちゃうから。

鎌田 僕、今日は職務質問の話ができて、「つらいのは自分だけじゃないんだ」って思ってますけど、これまでの蓄積があるから、いつか何かのきっかけで急に怒りが爆発してしまったら怖いなと思っていて。だから職質受けた時はできるだけ早く終わるように、素直に従うようにしてるんですよ。

 

作品にすることで職質の理不尽を発信できる

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