<文/太田光>
傷
2020年、大晦日。
一人暮らしの部屋のテレビ画面に渋谷のスクランブル交差点の様子が映し出されていた。危機感をつのらせたニュースキャスターが深刻な声を出す。
「これを見る限り人出は全く減ってないように見えますねぇ」
この日、感染者の数はいきなり四桁を超えた。青年が携帯を見るとネットには…もう終わり…どうにもならない…都民はなぜ外に出るのか?…こんなんじゃ収まるわけない…責任取れ…など、失望と落胆と怒りの声が溢れていた。
テレビ画面はマスクをした一人の青年にレポーターがインタビューしている様子を映し出す。
「今日はこれからどこに行かれるんですか?」
青年は照れ隠しに笑いながら言う。
「特に…あてがあるわけじゃないんですけど…何となく」
レポーターが感染者数を告げる。
「あ、そんなにいたんですか?…怖いですね」
「なぜ渋谷に来ようと思ったんですか?」
「…何っていうか…大晦日だし、部屋に一人でいるのも寂しくなって、人に会いたいなって思って、なんとなく、賑やかな所に行ってみようかなって…別に長い時間じゃなければ大丈夫かなって…」
やり取りが終わるとスタジオのキャスターが言う。
「若いので、騒ぎたい気持ちも解りますが、若い人は、無症状で感染を拡大させています。自分が無症状でも、お年寄りにうつす可能性があります。自分が良ければいいというのではなく、他人にうつさないということを徹底して考えてほしいものです」
部屋にいる青年の持つ携帯には、インタビューに答えた青年への非難が溢れていた。…こういうやつが感染を広げるんだ…ふざけるな! 他人ヘの配慮がないのか! 外に出るな!
青年はたまらず携帯を置く。インタビューを受けたのは青年本人だった。
夕方渋谷に行くと、駅を出た所で突然レポーターに呼び止められてカメラを向けられたのだ。インタビューが終わると青年は行くあてもなく一時間ほど、センター街をぶらついて、そのまま再び電車に乗って一人暮らしの部屋に帰ってきたのだった。ただそれだけだった。
部屋でテレビをつけるとニュースに自分の姿が映っていた。使われるかもしれないとは確かに思ったのだが、あまり深く考えてなかった。まさか誰もが観るようなニュースで自分が出てくるとは。マスクはしているが、見る人が見ればわかるだろう。気軽にインタビューに応じたことを後悔していた。使う場合は顔にボカシを入れて声も変えてください、とでも言えばよかったのか。咄嗟のことで思い浮かばなかった。せめてあんな軽い喋り方をしなければよかった。仕事終わりです、とか言えばよかった。
青年はガタガタ震えた。今日は一段と寒い。大晦日だから、当たり前か。
さっきネット上で読んだ非難の声が頭の中をグルグル回る。
「無責任!」「家にいろ!」「自覚しろ!」「ふざけるニャ!」「迷惑だ!」「お前のせいだ!」
一つ。ヘンテコリンな声が混ざっていた。頭の声でこだましたのとは違うような。実際に聞こえて来たような。人間の声じゃなかったような。
「ケケケ、反省しろニャ!」
「え?」
見ると部屋の隅に奇っ怪で白い小さな動物がいた。耳が長くてウサギのようだが、顔は完全にネコのウサギネコだ。
「ね…ネコ?」
「失礼ニャ! ウサギだニャ!」
「ウサギ?」
「ニャンであんニャ所に行ったんだニャ? 今の状況わかってニャイのか?」
「そ、それは…」
ウサギネコはニヤニヤしながら青年に近づいてくる。
「外に出るニャと言われてるだろう?」
「…ああ」
「じゃあ、ニャンで出たんだニャ? おまえ達のようなやつらが感染を広げてるんだニャ。無症状で、動き回って…ウィルスを撒き散らしてるんだニャ」
「お、俺は感染者じゃない…」
「ニャンでそれがわかるんだニャ? 検査したのかニャ?」
「いや…してないけど」
「ケケケ、この国がこうニャッたのはおまえのせいだニャ。少しはガマン出来ニャイのかニャ?」
「我慢…」
携帯の呼び出しがなる。画面には母の文字。おそらく今のニュースを見て電話してきたんだろう。
数週間前の母との会話を思い出す。