公開中の映画『映画大好きポンポさん』のキャラデザインを担当した人気アニメーターの足立慎吾さん。これまで、映画好きになるきっかけを作ってくれた『ロッキー』シリーズ、アニメ制作に興味をもたせてくれた『とべ!くじらのピーク』のお話を伺ってきたが、今回は最後となる3本目、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』について語っていただきます!
取材・文/渡辺麻紀
<プロフィール>
あだち・しんご●大阪府生まれ。手掛けた主な作品に『WORKING!!』(2010年/キャラクターデザイン・総作画監督・作画監督・OP&ED作画監督)、『ソードアート・オンライン』(2012年/キャラクターデザイン・総作画監督・作画監督補佐・OP&ED作画監督)、『ガリレイドンナ』(2013年/キャラクターデザイン・総作画監督・作画監督・OP&ED作画監督)、映画『映画大好きポンポさん』(2021年/キャラクターデザイン)など。
映画におけるストーリーって、実はどうでもいいのかな
――3本目は『パルプ・フィクション』(1994年)を挙げていらっしゃいます。この作品を選んだ理由は?
子供のころに観て、映画における初期衝動となったのが『ロッキー』シリーズ(1976~2006年)で、『~ピーク』(1991年)は僕もアニメをやろうと思わせてくれた初期衝動の作品。『パルプ~』は、アニメでも今後観てみたいタイプの作品です。クリエーターとして参加してみたい作品かなぁ。
――ということは、『パルプ~』は未来の自分にとって重要な作品ということですね?
そんな大袈裟なことじゃないけど、アクションなどに制限のあるテレビアニメでは『パルプ~』のような作品、つまり会話劇は親和性が高いんじゃないかなぁって思っているだけです。
――冒頭はダイナーでティム・ロスとアマンダ・プラマーがお喋りしていて、そのあとサミュエル・L・ジャクソンとジョン・トラボルタが車のなかでひたすら会話を続けています。
しょうもないような話をずーっと途切れることなく続け、車の中から目的地であるアパートの前までずーっと喋っている。「ボスが、自分の女房を触っただけの男を殺した」とか「アムステルダムのハンバーガーは呼び名が違う」だとか、本当に日常の会話。
彼らの目的は、そのアパートにいるボスのドラッグをちょろまかした若者を始末することなんだけど、そういう話は一切出てこない。しかも、ドアをノックする前、「家を訪問するにはちょっと早すぎるかな」とか殺し屋のくせに律儀なことを言って…ここがめちゃくちゃ好き。それで、その家に入って、お喋りしていたときと同じ表情で殺しますからね。いや、本当にかっこいい。
――殺人という非日常が彼らにとっては日常ということが、そういう会話から伝わって来るという感じでしたね。
そうなんですよ。わざわざ殺し屋だという説明もしないし、どういう性格なのか、ふたりの関係性がどうなのか、そういうことが連続する会話のなかから滲み出してくる。とても自然で説明的でもない、耳を傾けたくなる会話ですよね。
ストーリーやキャラクターの関係性を伝えるために、ここでこのセリフを喋らせておかなければいけない等と考えてしまいがちだと思うんですけども。この映画観てるとそういうストーリーを駆動させるためのセリフは不要なのかもって思っちゃう。
もっと言うなら、映画におけるストーリーって、実はどうでもいいのかなという風にも感じたり…。
――それはちょっと大胆ですね。
僕は出身が大阪のせいか、話のオチを考えて喋っちゃう。というか、オチがない話は喋っちゃいけないくらいに思ってたり。妻の話を聞いてても、つい「それでオチは?」と尋ねて嫌がられたり(笑)。だから短いテンポの会話の中にも面白さや意味を期待しちゃう――そう、タランティーノのように(笑)。そういうのもあって会話劇に惹かれるのかもしれないけど。
――タランティーノの場合、会話のオチを映像で観せてくれる場合が多いかもしれませんね。『パルプ~』の場合も、オチはその若者の部屋でぶっ殺すこととも考えられる。
でも、ちょっと上映時間、長くないですか? とりわけ『パルプ~』は、自分で『パルプ・フィクション』というタイトルにしときながら2時間34分もある。俗にいう三流映画なら普通、89分くらい。長くても100分。せめて2時間で収めてほしかった。
――足立さんがキャラデザインを担当した『ポンポさん』だって、「90分」がキーワードになっているし、作品自体も90分ぽっきりですよ。
主人公のジーンは編集室でカットできなくて四苦八苦してましたからね(笑)。
――映画は編集でどうにでもなるとは、よく言われることですよね。
僕がそれを痛感したのは『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)。この映画にディレクターズカット版があるんですが、観てますか?
――いや、観てないですね。存在していることも知らなかったです。
僕は『~パラダイス』を今回の企画の1本にも入れようかと考えたくらい大好きなんです。
で、あるときディレクターズカット版が公開されたので、いそいそと観に行った。友人に「僕の大好きな映画。素晴らしいから」と言って一緒に行ったら、何ともう別物になっていた。
――別物というくらい違ったんですか?
オリジナルがノスタルジー映画であり、映画賛歌だったのに対し、ディレクターズカット版は主人公トトの青春ドラマになっていた。トトが入学した大学での恋模様が描かれていたり、故郷の話では、もうひとりの少年が、水遊びをしている少女たちにムラムラしてしまうような思春期シーンまである。もうびっくり! 編集でテーマすら変わってしまうこともあるんだなあと気が付いた作品です。一緒に行った友人が「これがあの有名な映画かぁ」的な反応をされたんですけど、「いやっ! こうじゃないんだ(笑)」と必死に説明して…。その友人は今の奥さんなんですけどね(笑)。
――オリジナル版には幼いトトと、大人になってのトトしか登場してないですからね。
タランティーノの作品が編集でそこまで違うようなことはありえないだろうけど、『パルプ~』の短いバージョンはちょっと想像しにくい。というのも、どうでもいいような会話があるからこそタランティーノ・ムービーになっていて、それがなくなると画一化されたような、数多の映画と同じようになってしまう。タランティーノの作品は、そういう余分なところこそが楽しいんですよ。
アニメでの生っぽい会話劇をいつか作りたい
――ほかのタランティーノ作品はどうですか?
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