NCT127の代表曲から掘り下げる、老舗K-POP事務所SMエンターテインメントの変化と真骨頂

SMエンターテインメント(以降、SM)は韓国の老舗芸能事務所。いま世界を席巻するK-POPの屋台骨をYGエンターテインメント、JYPエンターテインメントとともに作ってきたいわゆる三大事務所である。1990年代に種を蒔き、2000年代半ばから2010年代初頭に根を張り、2010年代半ばに大きく花開いた。そこに新興事務所が加わることでクリエイティブな切磋琢磨が加速。現在はBTS擁するHYBEが頭ひとつ抜けた状態で、老舗事務所も再び群雄割拠に飲み込まれて後を追っている。近年のSMはEXO「Growl」を超えるインパクトを残せていない。が、先ごろ発表されたNCT127(以降、イリチル)の新曲「STICKER」は、個人的にSMが新次元のクリエイティブに突入したように感じられた。今回はイリチルの代表曲を解説しつつ、SMの音楽的特徴、シーンとの距離感、今後への期待を展望する。

文/宮崎敬太

 

CHERRY BOMB(2017)

イリチルは「CHERRY BOMB」で初めて音楽番組「Mカウントダウン」の1位を獲得した。デビューから約1年。悲願のタイトルだった。イリチルはNCTの中でも一際強い存在感を放っており、華々しいスター街道を驀進しているよう見えるかもしれないが、彼らの歴史は困難と挑戦の連続だった。

イリチルの母体であるNCTは2016年にSMの創業者イ・スマンによって、お披露目プレゼンされた。SMからデビューするグループには必ず難解で複雑なコンセプトが設定される。彼ら、彼女らは、基本的にそのコンセプトに沿って活動する。SMにはオーディション番組から誕生したグループが(現状は)いない。それはメンバーの個性よりグループの個性を重視するから。良くも悪くもではあるが、これが他事務所と明確に違う点である。内部で選抜に選抜を重ね、残ったメンバーはルックスはもちろん、歌もダンスもできて当然。そこからコンセプトを体現できるメンバーのみを選ぶ。そのため、SMでは練習生になれても、デビューするには時代の流れや運も絡んでくるので、非常に難しいと言われている。ちなみにイリチルのジャニーは、10年間も練習生時代を過ごした。

 

NCTはEXOで市場を席巻したSMが満を辞して送り出す新人グループだった。このころのK-POPシーンは10年代初頭に活躍したアイドルの兵役時期が近づいており、世代交代が進む真っ最中だった。中でもとくに勢いがあったのは『花様年華 Young Forever』を発表したBTSだった。そこにSMはどんな新人を投入してくるのか。NCTは練習生のエリートチームであるSM Rookiesのメンバーが中心になるという噂はあった。

 

が、プレゼンでイ・スマンから発せられた言葉のほとんどは理解不能だった。「開放」? 「拡張」? 「Neo Culture Technology」……? 抽象的な概念を笑顔でするすると口にする。いつものことと言えばいつものことなのだが、この時はさらに拍車がかかっていた。多くの人はこう思っただろう。「で、結局、どういうグループで誰が何人いるの?」と。その後、NCT U名義で音数の少ないダークなラップ曲「The 7th Sense」と、ポップなロック曲「WITHOUT YOU」、NCT127名義で「소방차 (Fire Truck)」が発表された。3曲すべてのテイストが違い、メンバー構成も判然としなかったため、SM贔屓の筆者ですら「かっこいいけど、よくわらかん」「推し方が難しい」と思った。デビュー時のメンバーは、テイル、テヨン、ユウタ、ジェヒョン、ウィンウィン(現Wayv)、マーク、ヘチャンの7人。

そこからメンバーは頑張った。意味不明なコンセプトを噛み砕き、トレンドと違う複雑な曲と向き合った。メンバーは渡された曲をそのまま歌って、教えられた振り付けをそのまま覚えているのではない。デモを聴いて、自分で考えて、解釈して、調整して、自分なりのニュアンスを作って完成度を高めていく。表現とはそういうものだ。おそらく彼らは疑問が確信に変わるまで楽曲を聴き、考え、練習を繰り返した。

 

それが結果として表れたのが「CHERRY BOMB」だった。前作『Limitless』からドヨンとジャニーも加わりメンバーも固まった。「소방차」や「Limitless」を経て、ファンもグループとしての形がようやく見えてきた。テヨンとマークのラップのグルーヴ感をベースに、テイルとドヨンの超強力なメロディーがフックを作る。だがキャッチーさは必要最小限。それがイリチルの持ち味。加えて、「CHERRY BOMB」はラストの振り付けが斬新だった。大サビに向けて、メンバー全員が徐々に足を開いてく。着眼点の意外さと、「あ、股が裂けちゃう……」という肉体的インパクト。K-POPとはボーダレスなエレメントをミックスして、韓国(K)風に味付けしたグローバルなポップスのこと。サンプリングされたものをさらにサンプリングする。そのモザイク状のカルチャーフォーマットの中で、イリチルを構成しているのはアートとユースカルチャー。「CHERRY BOMB」はそんな彼らのハイコンテクストなスタイルが周知された楽曲だと言える。

 

 

SUPERHUMAN(2019)

「SUPERHUMAN」はイリチルのシングル曲の中では最もスタンダードなナンバーだ。SF的なビジュアルも楽曲とマッチしてわかりやすい。だがこの曲の再生回数が非常に少ないのが興味深い。正直言うと、筆者も最初は「良い曲だけど、なんかふつー」と思った。というのも、イリチルは「CHERRY BOMB」以降、「Simon Says」「Regular」でカッティングエッジな方向性を強めていた。そのためあまりにストレートな「SUPERHUMAN」が物足りなく感じてしまったのだ。

 

また背景には、製作チームも関係している。さきほども少し書いたが、SMはコンセプトを重視している。その中心にいるのがイ・スマンだ。彼は1970年代にフォークシンガーとして活動していたが、1980年の光州事件を経て誕生した全斗煥が、軍事独裁政権の色合いをさらに強めた1981年にアメリカの大学へ留学。当時の最先端技術であるシステムエンジニアリングを学んだ。

 

現在のイ・スマンを見るとSEの勉強をしていた過去は意外に思えるが、歌手だった1980年に韓国初のヘヴィメタルバンドを結成していたりするので、彼には新しいもの好きでイノベーティブなところがあるのだろう。そして留学先でMTVと出会う。ちなみにMV業界に革新を起こしたマイケル・ジャクソンの「スリラー」が公開されたのは1982年。SHINeeのテミンやNCTのへチャンなど、英才教育されたSMのアイドルたちはこぞってマイケル・ジャクソン好きを公言するが、そのルーツにはイ・スマンが当時受けた衝撃の大きさがあるのかもしれない。話が逸れた。だが、イ・スマンのプロフィールを振り返るとSMアイドルに通底する壮大なSF感にも納得ができるのだ。

 

そのコンセプトを音で表現するのがユ・ヨンジンとKENZIE。ユ・ヨンジンとイ・スマンとの付き合いは長く、もともとは90年代初頭にSMからデビューした歌手だった。その後プロデューサーに。代表曲は東方神起「Rising Sun」、Super Junior「Sorry, Sorry」、SHINee「Lucifer」などなど。かなり癖のあるメロディーとド派手なプロダクションを組み合わせる、いわゆるいにしえの「ザ・K-POP」を形作った作家の一人だ。

 

次の世代であるKENZIEはバークリー音楽大学在学中からSMにデモを送り続け、卒業と同時にSMへ入社した。彼女はアートディレクターのミン・ヒジン(現、HYBE所属)とタッグを組んで「ザ・K-POP」のコテコテ感を刷新。ユ・ヨンジンの歌のテイストを受け継ぎつつも、時々のクラブミュージックのトレンドを落とし込み、ミン・ヒジンのアートなビジュアルに合うファッショナブルなK-POPのサウンドを作っていった。

さきほどK-POPとは「韓国(K)風に味付けしたグローバルなポップス」と書いた。その“K”を司るのがユ・ヨンジンのメロディーだ。派手で仰々しい。クドいが癖になる。「SUPERHUMAN」にはユ・ヨンジンも、愛弟子のKENZIEも関わっていない。故にK-POPというよりPOPなのだ。K-POPとしては個性に欠ける。それがYouTubeの再生回数にも反映されているように感じた。とはいえ、この曲はめちゃくちゃライブ映えするので、シズニーはみんな大好きです。

 

 

英雄:Kick it(2020)

「英雄:Kick it」はイリチルの代表曲だろう。初めて聴いた時、思い切りラップに振った曲だと思った。今となっては信じられないと思うが、2010年代初期までのK-POPではラップが非常に軽視されていた。歌が下手だけどグループには必要なイケメンがラップを担当する。そんなポジションなのでクオリティが低い。フロウにもスキルにもバリエーションがない。YG以外の事務所では歌間の箸休め的な存在だった。

だがラッパーのオーディション番組「SHOW ME THE MONEY」の影響で、一気に韓国ヒップホップに火がついた。韓国は、戦後、首都・ソウルの中心部(梨泰院と同じ地区)に巨大な米軍基地が作られたため、日本とは比べものにならないほどダイレクトにアメリカカルチャーから影響を受けている。日本でも「フリースタイルダンジョン」の影響でだいぶ認知されるようになったが、異文化へ潜在的な拒否感は根強い。だが今や韓国の人気ラッパーはお茶の間の人気者。当然、K-POPにおけるラッパーの重要度も高まっていった。

その意味では、SMはラップに弱かった。先ほども書いた通り、ユ・ヨンジンとKENZIEは歌の人。テヨンとマークの登場まで、いわゆる“ラッパー”はSMにいなかった。「英雄」以前は、NCTの楽曲でもラップは大サビの歌を盛り上げる役割を担うことが多かった。

だがこの「英雄:Kick it」では歌とラップの主従関係が逆転した。それはテヨンとマークのスキル向上もあるのだが、それ以上に大きいのはジャニー、ユウタ、ジェヒョン、ジョンウ、へチャンというオールラウンダーなバイブレイヤーたちの存在。彼らは歌でも、ラップでも、ダンスでも、他のグループだったら余裕でセンターを務められる実力がある。彼らがラップのテヨン&マークと、歌のテイル&ドヨンをつないでいる。この完成度はこれまでのSMにはなかった。それはひとえにメンバー全員が絶え間なく表現力の向上に努めてきた証だろう。

 

 

STICKER(2021)

そして新曲「Sticker」である。第一印象は「英雄」と逆で、「あ、ユ・ヨンジンのメロディーだ」だった。大々的フィーチャーされているのはラップなのに、なんでこんなに歌の印象が残るんだろうと思いながら聴き込んでいくと、テヨンとマークがラップで表現できる感情の幅が異常に広くなっていることに気づいた。グルーヴを重視した歌唱法であるラップでも、感情表現に長けた歌のメロディーに負けない存在感を出しているのだ。SMはおそらく優秀なラップ指導を雇ったのだろう。バイブレイヤーたちのラップスキルも向上している。

またまた余談になるが、うまいラップと何かを簡単に。先述の通りラップとはグルーヴに特化した歌唱法なので、なによりリズム感が重視される。単語を途中で区切ったり、アクセントを変えたりするのは、リズム的な引っかかり、グルーヴを作るためだ。リズム感がないと、これが破綻する。ラップでよく言われるスキルとは、簡単に言うと滑舌のバリエーションのこと。同時に発声も重要になる。単語を細かく刻むことも多いので、発声はしっかりしてないと何を言ってるか聞き取れない。整理すると、うまいラッパーはリズム感が良く、滑舌に優れ、声がデカい。マークは地声に特徴があり、テヨンは発声法を変えることで自ら特徴を作った。

こうしたラップのノウハウは当然歌チームやバイブレイヤーたちにも共有されているだろう。「英雄」でも感じたことだが、「Sticker」の歌パートにはラップ的アプローチが散りばめられている。かつてラップは添え物だった。K-POPには1曲の中で歌とラップを完全に分断している曲も少なくない。だがイリチルは「Sticker」で、歌っぽいラップやラップっぽい歌ではなく、歌は歌、ラップはラップとしてしっかりと存在感を示しながら、メンバー個々の高度な役割分担で両者を融合させることに成功した。背景には、英才教育で基礎をみっちりと叩き込むSMの練習生システムが大きな役割を果たしていることは言うまでもないだろう。イリチルは「Sticker」で新たな次元に突入した。

SMは常に最も実力があるグループで実験する。かつてはSHINeeであり、それがEXOへと受け継がれ、現在はイリチルが体現している。耳馴染みのない楽曲、複雑なパフォーマンス。勝ち馬に乗らない、置きにいかないのがSMの特徴だ。この唯我独尊スタイルは、他社をパクりパクられながらクリエイティブに切磋琢磨するK-POPシーンの中では異色の存在である。だから面白い。

韓国は戦後史の中でアメリカから強い影響を受けている。それはSMからも当然感じるのだが、イ・スマンの信条は、パクりでなく、作ること。自分たちのルーツに根ざした奇想天外さであり、自由さであり、ダイバーシティな世界観ではないだろうか。SMが「SUPERHUMAN」的な欧米化ではなく、ユ・ヨンジンのメロディーに回帰していったところにそんなことを思った。

10月25日には『Sticker』のリパケ版『FAVORITE』もリリースされる。こちらではどんな世界を見せてくれるのか。またNCT以上に謎なコンセプトを掲げたガールズグループ・aespaには、これからも注目していきたい。

宮崎敬太●音楽ライター。1977年神奈川県生まれ。2015年12月よりフリーランスに。オルタナティブなダンスミュージック、映画、マンガ、アニメ、ドラマ、動物が好き。主な執筆媒体はFNMNL、ナタリー、朝日新聞デジタル(好書好日、&M)など。ラッパーのD.O、輪入道の自伝で構成を担当。ラッパーがお気に入りの本を紹介する「ラッパーたちの読書メソッド」も連載中。 https://twitter.com/djsexy2000

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