映画と冷静に対峙、分析していた高校生の自分が冷静でいられなくなった映画『E.T.』湯浅政明 第1回【連載 アニメ人、オレの映画3本】

今回のゲストは、監督&アニメーターの湯浅政明さん。国内外で高い評価を得ている湯浅さんの最新監督作『犬王』が5月28日から公開される。『クレヨンしんちゃん』でアニメーターとしての才能が開花し、初長編監督作品『マインド・ゲーム』で監督としての能力を発揮した湯浅さんのクリエイティビティに影響を与えた3本の映画とは? まずは1本目、語っていただきましょう! 映画にまつわるイラストも必見です。

取材・文/渡辺麻紀

<プロフィール>
湯浅政明(ゆあさ・まさあき)●1965年福岡県出身。アニメーション監督。映画『マインド・ゲーム』(2004年)で監督デビュー。以降、映画『夜明け告げるルーのうた』(2017年)では、アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞にあたるクリスタル賞を受賞。映画『きみと、波にのれたら』では上海国際映画祭 金爵賞アニメーション最優秀作品賞、シッチェス・カタロニア国際映画祭長編アニメーション部門最優秀賞を受賞した。そのほかのおもな作品にTVアニメ『ピンポン THE ANIMATION』(2014年)、『映像研には手を出すな!』(2020年)、映画『夜は短し歩けよ乙女』(2017年)、Netflix配信作『DEVILMAN crybaby』(2018年)、『日本沈没2020』(2020年)などがある。最新作は『犬王』(2022年5月28日公開)。

湯浅政明監督作
劇場アニメーション『犬王』公式HP

<新刊情報>

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子供のころの思い出や、『クレヨンしんちゃん』などに携わったアニメーター時代、監督として話題作を次々と発表し続けている現在にいたるまでの歩みをひもときながら、その独創的なイマジネーションの原点にあるもの、発見と挑戦の日々、その演出術の秘密を解き明かしていく。
『ぴあ』アプリ版でのロングインタビュー『挑戦から学んだこと』に加筆、新企画を加えて書籍化。湯浅本人による、カバーイラスト、中面イラスト、パラパラ漫画も楽しい1冊。

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著/湯浅政明 聞き手・構成・文/渡辺麻紀
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宇宙的でっかい問題を、子供たちが自分たちサイズのちっちゃい自転車で解決するところが嬉しかった

――まずは1本目の作品をお願いします。

『E.T.』(1982年)です。小さい頃から好きなジャンルがはっきりしていて、いわば藤子・F・不二雄の『ドラえもん』みたいな感じ。日常のなかにSF的要素があるというか、日常にSFが侵食してくるような作品が昔から大好きだったんです。

『E.T.』は、劇場に何かの映画を観に行ったとき予告編がかかっていて「これは絶対、僕が大好きな映画だ」と確信して心待ちにしていた。ただ、タイトルを覚えてなくて、間違えて先に『ポルターガイスト』(1982年)を観ちゃったんですけどね(笑)。

――劇場を間違えたんですか?

スピルバーグってだけしか覚えてなくて。郊外の住宅地のポスターで「何かがいる」って書いてあったからこれだと思って。でも『E.T.』は、劇場に行くまえに試写で観たのが最初です。確か高校2年生くらいだったかな。当時、学校では『E.T.』か『愛と青春の旅立ち』(1982年)というこの2本がちょっとしたブームだった。男子は『E.T.』、女子は『~旅立ち』という感じだったと記憶してます。

もちろん、僕は『E.T.』派で、試写で観ている間中、多幸感に満たされて、口角が上がりっぱなしでした。

――湯浅さん、子供の頃からあまり感情を表に出さないタイプだっておっしゃってましたよね?

だから、それほど嬉しかったんです。

僕のツボは自転車。別に自転車に思い入れがあるわけじゃないんですが、この映画の自転車の使い方が素晴らしく、自転車が走るのがひたすら嬉しかった。小さな子供サイズの自転車が車に勝ったり、宇宙人を守ったり、挙句は空まで飛んじゃう。飛ばなくてもいいとは思ってだけど、最初観たときはとにかく自転車ばかり観てたんです。

――そういう視点は珍しいかもしれません。普通はETくんとエリオット少年の友情、ですよね?

最後、ETと少年が抱き合うじゃないですか。初めて観たときは気持ち悪いって(笑)……というか、ETとの心のやり取りにはあまり着目してなかったし、そういうふたりの友情に気が付いたのも、劇場で2回目を観たときだった。だから、本当に自転車しか目に入ってなかったんだと思います、最初は。

宇宙のでっかい問題を、子供たちが自分たちサイズのちっちゃい自転車で解決するところが嬉しかったんだと思いますね。でっかいNASAの車に子供用の自転車が勝っちゃうって最高じゃないですか? 少年が車を一台やり過ごすシーンがあるんですが、そこも大好き。音楽も結構、大げさに付けられていて、そのおかげもあってとても盛り上がる。小さい子供たちが巨大な存在に競い勝つというのが好きだったんですよ、きっと。子供たちの武器は自転車だけですからね!

本当にハマっちゃって、しばらしくは『E.T.』の余韻をかみしめながら生活していたくらい(笑)。

――ドラマは、何度か観たあとに気づいたということですか?

観返すたびに「そうか、ドラマは感動的だったんだ」って。さっき、少年とETが最後に抱き合うのが気持ち悪かったって言いましたけど、何度も観るうちにそのシーンも感動に変わりましたね。ETが少年の心臓のところを指して「いつも(僕は)ここにいるよ」というシーンも、ちゃんと音楽と合っていて盛り上がる。

――ラストのふたりの掛け合いは名シーンだと言われていますよね。

もちろん。そういうこともわかるようになったんですけど、でも、やっぱり僕にとっては自転車なんですよ。のちに、宮崎(駿)さんが「車と自転車が競走して、自転車が勝つのがアニメーションなんだ」みたいなことをおっしゃっていたのを読んで、まっさきに頭に浮かんだのが『E.T.』の自転車シーンでした。あ、「宮崎さんの言う通りだ」って(笑)。

――スティーブン・スピルバーグの監督作ですが、彼の映画だということは当時、意識していたんですか?

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