「僕は音と言葉が化学反応を起こして飛んでいく現象を起こすのが得意なんです」ROTH BART BARONインタビュー

災厄か、祝祭か、あるいはこれまで通りただの過ぎ去る365日か。2021年が終幕の準備を始めた12月1日に、ROTH BART BARONはニューアルバム『無限のHAKU』を発表した。前作『極彩色の祝祭』の対極にあるようなタイトル。さまざま音が複雑に絡み合って構築された音楽には、美しさと同時に不安定さを感じる。愛情、怒り、高揚、諦観、恍惚……。感じる気持ちは一方向に固定されない。そして神話的なスケールのストーリーを感じさせる。この壮大な作品を三船雅也はどのように制作し、何を伝えようとしたのか。じっくりと話を聞いた。

取材&文/宮崎敬太 撮影/飯田エリカ

2021年に鳴るサウンドトラックに

 

ーーアルバムのテーマはどのように見つけたんですか?

 

次は真っ白だろうなって。今年の頭くらいにぼんやりと街を歩いていたんですよ。パンデミックのムードは少し緩やかになってきたけど、みんな実家には帰れず、外にも出られない。初詣的なこともそんなに盛り上がらず。日本人ってお正月になるとすべて忘れる傾向がありますよね。その新しくなった空気の中で「今年は完全とまではいかないけど、人間が回復したりとか、一回止まった心臓が蘇生するイメージで音が鳴るんじゃないかな」って気分を感じたんです。穏やかで落ち着いているようで、なんとも言えない疲労感もあって、真っ白で綺麗なようだけど、裏には何かが蠢いててとんでもないことがたくさん起きてる、みたいな。(次のアルバムは)そんな1年間に鳴るサウンドトラックにならないかな、と思ったんです。

ーーそれが『無限のHAKU』というアルバムタイトルにつながっていった。

 

白にもいろんな白があって、壁の色、陶器の色、雪の白は全然違うからこのいろんな白を集めて極彩色の世界が作れないかな、と。同時に“HAKU”と言う言葉に変換すると、日本語は面白くて、”HAKU”は”白、箔、吐く、拍”と違った意味を持たせることができるな、と興味を持ったんです。

ーーとても壮大な作品ですがどのように構想を練って制作しているんですか?

 

構想を練る、みたいな大層なことはしてないですよ(笑)。僕はきれいな小枝を集めて巣を作るカササギのように、普段から頭の中に浮かんだものを引き出しにしまっておくんです。湧き出たものを「また出てきたな」って思いながらこつこつと大切にしておく。

 

ーーYouTubeにアップされているレコーディングのダイジェスト映像を見ると、プリプロは6月からスタートしました。感染者数も増え、同時にオリンピック開催に向けて日本は混沌としていた時期ですが、そうした世相は制作にどのような影響を与えましたか?

 

僕もオリンピックと無関係だったわけではなく、「鳳と凰」は三菱地所さんの企業広告「体操ニッポン」に書き下ろしたタイアップ曲だったんですね。あの頃はアスリートを助ける言葉はなかった。ほとんどの人が、何かに怒ったり、誰かを攻撃したり、SNSで大喜利してた。それは不安の表れで、良し悪しというより人間の反応だと思う。でも僕は人生を攻撃的な言葉で消費したくない。むしろ嫌悪してる。だからせめて身近にいる人たちが喜んでくれる音楽、全員を回復させる音楽を作ることに集中していました。

ロットの曲はオープンワールドでありたい

 

ーー1曲目の「Ubugoe」からは彷徨ってる、不安な印象を受けました。

 

あの曲はまさに彷徨ってる人たちからインスピレーションを受けているからですね。6月くらいに「鳳と凰」のMVを撮るために、夜中の渋谷に集合したんですね。緊急事態宣言下だったので真っ暗闇だったんです。あんなに暗い渋谷を見たのは震災以来でした。そしたら若者たちが地べたに座ってお酒を飲んでたんです。でもそこで安住しているようにはまったく見えなかった。彼ら、彼女らはポジティブな意味ではなく囚われない人たち。でも誰も対処できない。そうなってしまった理由もわかる。そんな行き場のない若者たちのために鳴ってる歌ってないな、若者の目線になって助ける音楽ってなかったなと思いました。写真に撮ると忘れてしまいそうだから心に焼き付けました。目で見て、感じて、それが曲になったんです。

 

ーーでは2曲目の「BLUE SOULS」の“BLUE”が意味するとはなんなのでしょうか?

 

いろんなことが入っていますよ。白がテーマのアルバムになぜ青が入ってるんだろう。じゃあ青が象徴するものは何か。そう考えると、15〜16世紀は青が一番高級な色だった。ラピスラズリを削ってインクにしてたから。キリスト教ではマリア様を描く時しか青は使わなかった。一方で青は毒を象徴する汚れの色として嫌悪する地域もあった。また青さは若さの象徴でもあって、大人は青さにジェラシーを感じる……。僕が好きなのは、自分が燃えてる恒星が一番熱くなると青くなるという話。本当に熱い火って赤じゃないんだって。

 

ーーつまり、歌詞には複合的な意味がある?

 

そうですね。ロットの曲はオープンワールドでありたいんですよ。いろんなものがちりばめられてるし、自分で付け足してもいい。ストーリーは自由です。例えば、北海道のファンの方が、真冬の吹雪いてる高速道路で聴くロットは最高だと話してくれたことがあって。僕はまったく想定しなかったけど、勝手にその人のものになった時に、曲に羽が生えて勝手に飛んで行ってくれる。そういうのがいい。僕が考えたこととかぶっちゃけどうでもいいと思っています。もちろん自分の言いたいことはあるんですけど、あんまり主役じゃない。

 

ーーでも言いたいことはあった。

 

そうですね。……それが歌になってるんですよ。言葉だけでは伝えられないんです。僕は音と言葉が化学反応を起こして飛んでいく現象を起こすのが得意なんです。

なんでもとりあえずやってみる

 

ーー三船さんはどのように制作を進めていくんですか?

 

なんて言ったら良いんだろう? マゼランやコロンブスの大航海時代に「なんか海超えるとあっちにジパングってあるらしいよ」みたいな感覚。場所はなんとなくわかってるんですよ。でも行き方はわからないから模索する感じ。

 

ーー別のインタビューで庵野秀明監督に密着した『プロフェッショナル 仕事の流儀』に共感したと話してましたね。

 

あー、言いましたね。庵野さんが「わかんない」って言うシーンの話ですよね。でもまさにああいう感じなんですよ。仏像を彫る人が木のブロックを前に、もう中に作るものが見えていて、あとは取り出すだけみたいなことを言うインタビューあるじゃないですか。それに近い。見えたらいけるけど、見えないと破綻する。自分の中にだけ確信がある。庵野さんはとりあえずカメラを持っていろんなアングルを探ってましたけど、僕の場合は「これはギターじゃないかもしれない」「ここはピアノかもしれない」みたいに模索するんです。

 

ーーそれがプリプロの段階?

 

シームレスなんですよ。まず自宅のスタジオで作るんです。その中から「この楽曲ならみんな(聞き手)に聴かせられる」「リリースしても生き残れる」みたいに光る何かがある30曲くらいをバンドメンバーに共有するんですね。そこから実際にセッションしていくと曲に血が通って、洗練もされていき、「これならどのステージでも俺らが喜んで演奏できるね」みたいなレベルまで持っていくんです。その段階で残り15〜20曲くらいになる。録りはそこから。録りながら作ったり、作りながら録ったり。自宅でデモを作っている時から作曲が始まってるとも言えるし、その段階で作詞もレコーディングも始まってる。実際デモの音をそのまま本番に使うこともあるから。

 

ーーなるほど。僕は「プリプロです」「作曲です」「セッションです」「作詞です」みたいに制作工程が分かれると思っていたんです。だから先ほども歌詞や曲のキーワードを質問したりしたけど、そういうことではなく三船さんにとっては全部合わせて制作作業なんですね。

 

そうですね。アートワークも含めて。写真もアートワークも歌詞もフォントも全部が複合的に。それがなんとく見えていて。見えたときにアルバム作りが始まる。気づいたら腰まで沼に浸かってる(笑)。そういうのを毎年やってるんです。

 

ーー僕は無意識のうちに思考を狭めて、形式張ってしまう傾向にあるんです。でも息苦しさを感じてる市井の人々も、そういう無意識に感性を絡め取られてると思うんですよ。

 

自分に関してはなるべく思考を狭めないようにしています。でもそんな難しい話じゃなくて、日常でちょっとだけ冒険すればいい。いつもの帰り道じゃない道を歩いて帰るとか。散歩で見かけた猫を追っかけてみるとか。いつも買ってるジュースを違うものしてみるとか。その繰り返しで人間は限界を突破していくような気がしていて(笑)。気づくと、同じルーティンしかしてない人と思考の柔軟性に圧倒的に差が出てくる。なんでもとりあえずやってみるっていう。

今は幸せの価値観が緩やかに変わってる世界だと思う

 

ーー僕は「みず / うみ」が好きでした。

 

この曲は夢の中で作ったんですよ。

 

ーーどういうことですか?

 

夢の中で作曲していたんです。ギターを弾いてる指の感覚もしっかりあった。このメロディーが頭の中で鳴ってました。でも夢だった。起きた時、「やばい忘れる」と思って、なんとかベッドを出てスタジオに移動して、夢を完全再現しようと半分寝落ちの状態でレコーディングしました(笑)。イントロのギターリフとメロディが録れた段階で、「大丈夫だ」となってそのままバタっとまた寝ました。この曲の浮遊感というかあの世感は、実際にあの世から持ってきたからだと思う。

 

ーー制作で追い詰められてたとか?

 

いやいや全然。冬か春先のことですから。いつも音楽のことを考えてるけど、通常は引き出しにしまっておいて、作る時に出してくるんです。これまでもたまに夢の中で音楽が鳴ることはあるけど、こんなに具体的なのは初めてで自分でも面白くなっちゃったんです。

 

ーー「HAKU」「Eternal」「EDEN」も幻想的ですが、同時に強烈に現実を感じさせる楽曲でした。特に「Eternal」の「これが僕らの望んだ世界/なんて満たされて完璧なんだろう」というラインはある種の皮肉のようにも聞こえて。

 

僕はエッシャーのだまし絵のように見方によって変わる言葉が好き。だから曲を聴いて、皮肉だと感じる人、強い意志と捉える人、怖いって人もいると思う。僕としてはどっちも感じてくれたら嬉しい。今は幸せの価値観が緩やかに変わってる世界だと思うし。あと僕はファンタジーと現実を混交させるのが好きなんです。だって日常の中にも魔法的なことが起こっていると思うし。ただ今は現実があまりに強烈だからみんな忘れちゃってるだけなんです。例えば僕は壊滅的に字が下手だけど、綺麗に書く人を見ると魔法的に感じる。めっちゃ手芸がうまいとかね。

 

ーー「霓と虹(にじとにじ)」も好きで、世界をひっくり返すようなイメージが心地よかったです。

 

あの曲は最初からナイアガラの滝みたいなのがひっくり返るビジョンがあったんです。ゆっくりとダーっと。「滝が下から上に上がっていくってどういう感じかな?」って。あとバスが横転してスローモーションになったりとか。巨大な洗濯機の中に地球が入ってるイメージも。あ、そうそう。この話を歌詞もできてない段階でZoomでロスタムに説明しました。この抽象的なイメージを爆裂拙い英語で(笑)。あれは果たして彼に伝わっていたのか……。Zoomが終わった後、「まあ、誤解も含めて抱きしめていこう」と感じたのを今強烈に思い出しましたね。

 

ーーキーワードや日常のワンシーンだけでなく、非日常的なビジョンから作曲に入ることもあるんですね。

 

あ、そうですね。景色があって、それにたどり着きたいっていうか。みんなにも見せたいっていうか。それを音楽で作りたいっていうのはありますね。もともと映画の勉強をしてたからかもしれないけど。音から画が出てくるし、画から音が出てくる。それをヤーって出したいんです。

この状態をちゃんと生きていくためのサウンドトラック

 

ーーあー、なるほど。今の話で三船さんの発想ロジックと、庵野監督が「わかんない」と言ってた意味を同時に理解できました。だからアートワークも含めてシームレスにイメージが全部繋がってるわけですね。

 

そうそう(笑)。なんとなく逆流する滝が頭の中にあって、洗濯機の中みたいに回転してて、雨に光が反射して、光が分解されて、プリズムから虹ができるな、みたいな。タイトルは後からできました。「鳳と凰」の対になるとは思っていて。虹が昔は竜だと考えられていて、「霓」が雌、「虹」が雄だったと思われるという。

 

ーー「霓」という漢字はこの曲で知りました。「鳳凰」も「鳳」が雄で、「凰」が雌という説があるんですね。

 

はい。これは「HAKU」にも通じるイメージなんですが、CMの書き下ろしのお話をいただいた時に、映画「ハリー・ポッター」に出てくるフェニックスが思い浮かんだんですよ。座ってるフェニックスがいきなり発火して燃え尽きて灰になっちゃう。それを見たハリーがビビってると、灰の中からヒナが出てくるんです。ダンブルドア先生が「こいつはこれを永遠に繰り返すんだ。かわいいでしょ?」みたく言うんです。これってまさに今僕たちが生きてる世界だと思った。また火がついて息を吹き返すかは僕たち次第かなって。真っ白のイメージは年頭から頭の中にあったから、その空間でどんな音が鳴ってるんだろうって発想していって。

 

ーー曲ごとではなく、全体としてイメージがあった、と。

 

そうですね。今は沈黙の状態。空っぽ。こういうのって今しか感じられない。でもそれを楽しめと言うのは残酷。だからこの状態をちゃんと生きていくためのサウンドトラックを作りたいと思ったんです。それが『無限のHAKU』という言葉にも込められています。

 

ーー「HAKU」は「白(はく)」とも、「魂魄(こんばく):魂は心、魄(はく)は心のよりどころになる形あるもの」の「魄」とも解釈できますしね。心の拠り所になり得る音楽という。

 

僕は一昨年前に「けものたちの名前」というクリーチャーをテーマにしたアルバムを作ったんです。で、去年くらいから今の世界は人間のトピックを人間が考えすぎてると思うようになってたんです。世界には人間以外のトピックがたくさんある。砂に光が反射してキラキラしてきれいとか、蝶が一回羽ばたく時の音はどんななんだろうとか、街路樹の葉っぱの裏側はどうなってるんだろうとか。本来、そういうことが複雑性をもってたくさんあるはずなのに、人間の情報だけで日常が埋め尽くされてしまっている。今みんながキャンプへ行ったり、山に登ったりするのは、きっとみんなが本能的に自然を求めてるからだと思うんです。今回のアルバムからそういうものを感じてくれると嬉しいですね。

ROTH BART BARON Tour 2021-2022『無限のHAKU』

2022年
1月29日(土)石川 金沢 ARTGUMMI
1月30日(日)静岡 磐田 BARN TABLE
2月5日(土)札幌 モエレ沼公園”ガラスのピラミッド”
2月6日(日)札幌 ペニーレーン24
2月11日(金)福岡 BEAT STATION
2月12日(土)熊本 早川倉庫
2月13日(日)鹿児島 SR Hall
2月18日(金)大阪 梅田 CLUB QUATTRO
2月19日(土)香川 高松 DIME
2月20日(日)広島 CLUB QUATTRO
2月25日(金) 名古屋 THE BOTTOM LINE
2月26日(土)仙台 darwin
<Tour Final>
4月9日(土)東京 国際フォーラム ホールC

https://www.rothbartbaron.com

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